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川岸の眠り姫


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天野美汐は眠っている。
それは、けして覚めない眠り。
終わる事のない夢を見ながら
彼女は 天野美汐は 眠って いる――――――


美汐は、飛び起きた。
汗が全身に滲んでいる。まもなく、それは寒さに変わるだろう。
「どうしたの?」
隣で眠っていた少年――――――長瀬祐介――――――が声をかけた。
「ううん、何でもない・・・・・・なんでもないよ。」力なく否定する。こういう嘘は、ばれると相場が――――――
「あのときの夢?」決まっている。

「うん・・・・・・」美汐はうなづいた。
あの、島。そこで、おこなわれた、こと。
「忘れろ、というほうが無理だとは思いませんか。」
「そうだね・・・・・・無理だ。」
あの島は、確かにひどいところだった。あの島では、真琴の命が失われた。
けれども、あの島に行かなければ。
「・・・・・・なに?」
目の前で微笑む、彼――――――祐介に会う事もなかった――――――

「・・・・・・祐介さん」
言ってから、キスをした。
愛しい人の、ぬくもり。
この世で、絶対不変の、価値がある、もの。
この人の――――――



長瀬祐介はその川岸に座っていた。
傍らで眠る少女の寝顔を護るようにして。
長瀬祐介は 座っていた。

(まさか、まだ電波がきいているとはね。)
自嘲気味に笑った。
(・・・・・・そっちのほうがいいか。)
自分の電波の見せている夢がどのようなものかは僕の知るところではない。
だが、自分の電波の「効き」には多少なりとも自信があった。
彼は、知っていた。
幸せな夢からの目覚めは、絶望しか生まない。
それが幸せな夢であればあるほど、絶望も、深くなるのだと――――――



食事のしたくは、祐介さんの仕事だ。
残念ながら私は、この左手の所為で満足に家事も行えない。
ピンポーン――――――
チャイムの音。誰か来たのだろうか。来なければチャイムなど鳴らないのだが。
接客は、私のお仕事。
「はーい」
私は嬉々として、玄関に向かった。

招かれざる客である。もともと客など招いていなかったわけではあるが。
とりわけ悪質な奴らが来た。
ドアののぞき穴(なんとかレンズという正式名称があるらしいが、私は知らない)からみえるその客は。
手にマイク。後ろにカメラ。ご丁寧に、腕章。ニュース23。
まったく、うんざりする。
音を立てないようにそっと玄関を離れ、台所へ。
「祐介さん。」
彼は料理の手を止めた。こちらの眼を見てすべてを察し、やかんの火を消した。
玄関のドアの前に立って、またすぐに戻ってきた。
「おはらい終了。」
「拍手。」ぱちぱち、と手を叩いた。

祐介さんには、催眠術のような能力があるらしい。
ほんの少しだけ、他の人達の自由を奪ったり、体を自由に操ったりできるのだという。
私も、眠れないときはそれで眠らせてもらう事もある。
そのときには、決まって幸せな夢を見ることができる。
祐介さんのおかげ、と言う意味ではこの生活も夢のようなものだ、といえた。
祐介さんのおかげで、私は幸せでいられる。
夢のように、幸せで――――――



川辺に座る祐介は、自分の心が読めずにいる。
自分は、美汐に何を望むのか。
夢を見つづけることか、それとも目覚めか。
仮に目覚めたとして、彼女はなんというだろうか。いや、その前に何を思うだろうか。
自分が死んだと、認めて。彼女は、何を思うだろうか。

それが怖くて、彼は美汐を起こせずにいる。
美汐をそっと揺するだけで彼女は目を覚ますほど、その電波は弱いものだったが。
しかしその電波の見せている夢は、彼女にとってこの上なく幸せな夢であろうと。
彼は、それを願っていた。



この生活は、いつから始まったんだっけ。
そんな些細な考えだった。
よく覚えていないが、そろそろ一年にはなるだろう。
「祝!1周年」なんてやりたいな。そんな考え。

私は、いつから祐介さんと一緒に暮らしているのだろう。
あの島での出来事のあと。それはわかっているが。
なら、あの島にはいついったのだろう。あの出来事は、いつの事だったか。
この家にはカレンダーがない。日付の感覚がいまいちはっきりしない。
外出などほとんどしないのに、食料は尽きる事はない。
そして、かわらぬ幸せ。
これも、彼の見せる、ゆめなのだろうか。




(気づいてしまったんだね)祐介は言う。
「・・・・・・そのようですね。」私は答えた。
「でも、何故こんな夢を。」
(長瀬祐介には奇妙な能力があるんだ。美汐にもみせた、催眠術。電波っていうらしいけど。
それで、死ぬ直前の君に夢を見せて、それが死後も続いている。それだけのことさ。)
「どうして・・・・・・どうしてそんなことを。」
(僕は・・・・・・君を護れなかった罪滅ぼしのためにやっていた。好きだった子すら護れず、自分も死んでいく。
無様だな、なんて。)

「でも・・・・・・それは。」
(でも、駄目だったね。この力には僕よりも先輩の人がいるけど、その人なら美汐に
こんなほころびを見せてしまうような事はしなかったと思う。ごめん、美汐。)
「・・・・・・この夢から覚めたら、私はどうなるのでしょうか。」
(川岸で美汐は目を覚ます。そこには僕・・・・・・長瀬祐介もいる。)
「川・・・・・・ですか。」
(川岸の僕はまだ迷っているんだ。君を起こすべきかどうか。起きてしまったら、この事をどうやって詫びようか。
君を騙していたから。目を覚ましたら絶望する君を、自分が慰める事ができるだろうか。とね。)
「・・・・・・夢があるから、目指せる未来というものもあります。」

(でも、夢だと気づかなければ、ずっと幸せでいられたのに)
「偽りの幸せに、意味はありませんから。」
(幸せな夢より、過酷な現実を選ぶのかい?自分の死を、えらぶのかい?)
「・・・・・・それで、後悔する事があっても。」
(あっても?)
「私は、現実を選びます。理不尽な悲しみや慈悲のない出来事を乗り越えてこそ」
(うん)
「幸せは、感じられるものだと思いますから。」

(だったら、目覚めるといい。僕の未熟なこの力じゃ、目覚めようとする君の意思は繋ぎとめられないようだから。
でも、一つ覚えておいて欲しい。)
「・・・・・・はい。」
(僕のこの、君を愛する心はもともと川岸の僕が持っているものなんだ。この夢の僕は、
川岸の僕がうまく出せなかった想いの現れでもあるんだよ。分かるかな、この意味が。)
「・・・・・・はい。」
(この僕は、川岸の僕の見せたつかの間の夢ではあるけれど、このココロはあいにく夢じゃない。
もっとも、そうでもなければこんな事はしなかったとおもうけどね。)
「はい。」
目の前の祐介が、遠くなっていく。
(それじゃ、川岸で君の目覚めに怯えて、君の目覚めを望んでいる、臆病で、卑怯で、
どうしようもないぺてん師である、僕に、よろしく、ね――――――)
そんなことはない。祐介は、とても優しい――――――!
意識は、そこで途切れた。



天野美汐は目を覚ました。今度こそ、完全に。
反射的に左手を見る。手首から先は存在する。あれ、やはり夢だろうか。
「あ」
頭上から声が降ってきた。祐介が、それは滑稽な顔で、私を見ていた。
わたしは祐介に言った。
「おはよう、祐介。」満面の笑みで。
「あ・・・・・・」名前を呼び捨てた事に、彼は気づいただろうか?

「夢の中の祐介さんは、わたしのことを美汐って呼んでくれてました。」
「そ、そんな事言われても・・・・・・」顔を真っ赤にしながら、彼はうつむいた。
私には、この祐介が夢の中の祐介と同じだとはどうしてもおもえなかった。
「そんなに、夢の中の僕って頼り甲斐があったのかな・・・・・・」ぽつりと、彼が洩らした。
「ええ。とっても。」「・・・・・・ちぇ。」
でも、私は知っている。あの島で過ごした間、彼が端々で見せた、あの強さを。あの優しさを。
「・・・・・・祐介」私は、彼に抱きついた。
「わああ・・・・・・」彼は慌てたけど、それでも私の後ろに手を回した。その手が震えていて、少しおかしかった。
ここで「大好きです」といっても言いが、それではいまいち面白くない。
このままでいたら、彼は何というだろうか。まさか振り払う事はないでしょうけど。

もう一眠りしたら、いこうかとおもいます。
ここから、どこへ向かうのかは分かりませんが。
それでも、あなたと一緒に逝けるなら。
私は、幸せだと思いますから――――――

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