川辺の光


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澤倉美咲は、足もとの石をこづいてみた。
石は川に落ちるかと思いきや空中で物理法則を無視した軌道を描き、足に向かって飛んできた。
美咲はそれを軽くステップを踏むようにしてかわすと、またとぼとぼと歩き始めた。
(ここ、どこだろうなあ……)
(わたし、死んじゃったんだよなあ……)
疑問は頭の中でぐるぐると螺旋を描いている。美咲はまたため息をついた。
川は、どこまでも、どこまでも続いているように見えた――――――

疑問以外に頭に浮かぶ事と言えば、住井護という少年の事。
(ごめんね護君。わたし、やっぱり君と行動するべきだったよ。)
自責の念こそなかったが、やはり護のことを考えると胸が痛んだ。
(護君、まだあの島にいるのかな。わたしが生きているとおもって、北川って言う子を連れて、
「集合場所」に向かったのかな。)
締め付けられるように胸が痛んだ。美咲は考えるのを止めた。無駄な事だったし、胸が痛む。
同様に緒方英二のことも考えない事にした。別の痛みが胸を襲うからだ。
川は、どこまでも、どこまでも続いているように見える――――――



翻って、ちょうど美咲のいる位置からもう少し歩いたところ。
一人の少年と、一人の男が対峙していた。
少年は、凄まじい怒気をはらんだ眼で、男をにらみつけていた。
男のほうはその視線から目を逸らそうともせず、少年の瞳を見つめていた。
「責任持つって、言ったよな。」少年が口を開いた。
男は、それに対してなにも答えなかった。
少年は、続けた。
「美咲さんは責任持って送り届けると――――――言ったな、緒方英二。」
緒方と呼ばれた男はなにも答えない。

「俺は、あんたを信じた。あんたに、美咲さんを預けた。
そしたら……そしたら、どうだ?俺達が別れた所から全然離れてない場所で……!」
ぐっ と、息を吸い込んだ。
「美咲さん、死んじまってたじゃねーかぁ……」語尾が震えた。かまうもんか。
「あんたか?あんたが裏切って、美咲さんを殺したのか!?
あんたが「美咲さんを待ってる」っていった河島って人はあの後すぐ放送で流れたぞ!
実はあの「集合場所」には誰もいなかったんじゃないのか?美咲さんとあんたの共通の知り合いを並べて
あんな嘘で武器持ちの俺と美咲さんを別れさせておまえが美咲さんを殺したんじゃないのか!?」
言いきる前に、俺は緒方につかみかかっていた。最後「お前」になってたな。関係ない。こんな奴。
「どうなんだよ!答えろよ!答えてくれよ!お前は、お前は―――!!」
「半分は君の言うとおりだ、……住井君と言ったか。とにかく、場所には一人たりとも集まっていなかった。」
「――――――!!」
目の前が真っ黒になって、そのあと赤く染まった。こいつなら殺してもいい。そう思った。

「やっぱり、そうだったんですね。」
声は、右側から聞こえた。

もう会う事などかなわない―――そう思っていた、愛しい人。
「美咲……さん」
死んでしまってはいる。死んでしまってはいるけれど。
目の前にいる人は、確かに澤倉美咲 その人。

「ごめんね、護君。」美咲は言った。
「ああ―――えーと。」突然の出来事に、つい手元がお留守になった。そのすきに、緒方は護の手から逃れていた。
「美咲さん……何があったんだ?おれとわかれた後になにがあって」美咲さんは死んでしまったんですか という部分はぎりぎりの所で飲み込んだ。
「うん……わたしはあの後、緒方さんについていったの。その後放送があって……」
「河島って言う人が呼ばれたんだよな。」
「うん。そしたら緒方さんがすまないって……まだマンションには全員集まってなかったって……
そのすぐ後に、別の人が、わたしを……」
そこまで聞くと、護はまた緒方をみやった。緒方は逃げ出すでもなく、じっと美咲の話に耳をかたむけている。
「……その男、お前の仲間だったんだろ?」断定する口調。
「……そうだ、と言ったら?」この期に及んでまだ減らず口を―――さっきの殺意が護を飲み込む。
―――美咲の手前、なんとか「それ」は踏みとどまった。
「――――――さあな。」とだけ、口に出しておいた。極力、感情は出さないようにして。
「……だがそれは誤解だ。あの男は僕とは何の面識もない赤の他人だった。
事実、あの男の傷がもとで僕も死んでしまったのだからね。」
「裏切られてか?」あんたが、俺達にそうしたように。
「……」緒方は笑った。いささか自嘲と言う意味合いも含めていたように見える。
「さて、僕をどうしたい、住井くん。」ふいに緒方が口を開いた。
長い沈黙が流れた。



どうすれば「俺」は納得するのだろうか。
そもそも生きているとき、俺は緒方を殺す気だった。
だが、俺が仮に緒方を殺したとして、俺はその後どうするつもりだったのだろうか。
そのあと、はじめ考えていたように潤あたりと脱出計画でも練っていただろうか。

―――いや、俺は死ぬ気だったんだろうな。きっと。
昔 折原か誰かに無理やり読まされた小説と言う知的凶器のなかにもあった気がする。
あなたがいない世界でなど、わたしは生きてはいられない。
それに変わるものを見つければいいじゃねーか。バカ。とまあそのときはそう思っていたが。
あれは実際その通りだ。ましてあの状況で新たな生きがいなど見つけられるだろうか?俺に?



「どうするね、少年。」
緒方がまた口を開いた。
「お前を殺して俺も死ぬ。」真顔で答えてやった。
「……魅力的な提案ではあるが―――」さすがに予想外の返答だったのか、奴の顔色がわずかに変わった。ざまーみろ。
「……つもりだった。」

「いっちまえよ。どこにでも。俺達の中ではあんたは裏切り者だ。
いまさらそれをかえるなんて器用な真似、俺にはできねえ。」
ふむ、と緒方は頷いた。
「……いいよな、美咲さん。」
美咲は頷く。
「そういうことだ。緒方。あんたが何を言おうと、もう俺達は聞く耳を持たない。
それどころかあんたにこれ以上視界に入られると俺としても何をするか分からない。
ここまで来て罪を上塗りするのなんて馬鹿馬鹿しいからな。」
ふむ。緒方は頷いた。
「……消えろよ。さっさと。」
それっきり、護は美咲のほうに歩いていった。もう、緒方のほうは見なかった。
ほどなくして緒方らしい足音が、さく さくと遠ざかっていった。
「……護君。」麗しの姫君。「ごめんね、護君。あのとき―――」
「もういいよ。――――――緒方もあの通りだし、ここではそんなこと意味ないっぽいし。」
言って、二人で川辺に腰を下ろした。いいなあ。2人っきり。



「そっか……」
「まぬけだよな……俺。勝手にエキサイトして、頭に血が上ってるうちに殺されちまった。
ああ……俺、どこで間違ったっけかな……」
護は頭を抱えた。俺にとっての最大の失敗は緒方の野郎だったが……

美咲は美咲で、別の事柄でまたしても胸を痛めていた。
いましがた、美咲は護の死に様について聞き終わったところだ。
(藤井くん……由輝ちゃん。)
彼を殺した男は藤井さんと呼ばれていたらしい。彼を最初に撃ったのは長髪の女の人で……
まちがいなく、藤井冬弥。それと、森川由綺。
彼らもまた、あの島で正気を失っていったのだろうか。

「朝陽……また見たかったね。」
突然の美咲の発言にも、護は割と落ち着いた様子で答えた。
「……うん。でもさ、美咲さん。」
「なに?」
「ここってさ。太陽がないんだよね。なのに空はきっちり明るい。こんな事があるだろうか。」
「……それは、だってここは。」言いかけた美咲を護は制した。言葉を続けた。
「太陽がないってのは光がないって事で。俺や美咲さんが感動したあの光はもう拝めないって事だよね。」
でもさ。光がないのに変に明るいこんなところでもさ。この得体の知れない川の、さ。

「見てよ美咲さん。光る水面ってのも、結構綺麗なもんだよ。」

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