空の下の女の子
「観鈴ちん、ぴ〜んち」
観鈴は暗い森の中を一人で歩いていた。
「しっかり迷っちった」
にはは、と苦笑を浮かべる。
七瀬らと北川を探しに来たのは良かったが、しっかりとはぐれて
しまっていた。はぐれてから随分と時間が経っている。
住人の人形を両手で握り締めて心細そうにとぼとぼと歩いていると
森の右手のほうから人が争う声が聞こえてきた。
言い争う声の後に聞こえてきたのは銃声。
観鈴は身体をびくりと震わせる。
「観鈴ちん、だぶるぴーんち」
怖い、でも、撃たれたのが北川さんたちの誰かなら助けてあげたい。
住人さんたちみたいに知っている人に死んで欲しくないから。
観鈴ちん、ふぁいと!
観鈴は勇気をふりしぼって銃声がした方へと足をむけた。
小走りに目的地へ向かうと森が開けた。
森がひらけた場所にさしかかった観鈴が見たものは倒れている少年と銃を
構えている少女。
倒れている少年は七瀬彰、銃を構えている少女は柏木梓。
少女が構えた銃からは少量の煙が立ち昇っている。
少女が三日月型に笑みを浮かべ
「すぐには殺さない、あんたはあの子の仇だからな」
とつぶやくのが観鈴の耳に聞こえてきた。
彰は右肩を押さえてうずくまっている。服の右肩、わき腹の辺りが血の色
に染まっているのだ見える。……うめき声が聞こえる。死んではいないようだ。
観鈴も一見して理解した。少女が少年を撃ったことを。
考える前に身体が動いた。梓と彰の間に立ちふさがる。
「が、がお。駄目だよ!」
梓の目の前に立っているのは妹と同じ髪の色をした少女。
梓が構える銃の銃口が僅かに下がる。
──殺してしまえ。
声が頭の中に響く。下がった銃口が再び上がった。
「どけっ!そいつはあたしの妹を殺したんだ。
妹はこいつのこと好きだったんだぞ!
その妹を……こいつは…こいつはぁ!」
「そんなことしても妹さんは喜ばないよ」
ガアァァン!!
銃声が響く。観鈴の頬から流れるのは一滴の血。
「どけっていってるだろぉ!」
梓の言葉に観鈴は彰を顧みてからゆっくりと首を振って銃を構えた。
「どかない!負けちゃうと思うけどわたしは闘うよ。
死んじゃったみんなのところに行くときは幸せな記憶を持って行きたいもん。
住人さんより好きな人を見つけて、お母さんより良いお母さんになって
良い思い出をたくさん作って……。だから、ここで死ぬわけにはいかないの!」
──幸せな記憶?……好きな人?……お母さん?
わずかにほんのわずかだが梓の頭の中の者が動揺する。
動揺の隙間に梓の頭に殺意以外のものが浮かぶ。
「あたしは、妹を!初音を……守りたかったんだぁ!
前の時代にはあたしと千鶴姉とで不幸にしたあの子達を今度こそ
幸せにしてやりたかったのに!
今度こそ家族みんなで幸せになれると思ってたのに」
涙を流しながら叫ぶ。構える銃が震えている。
──守る?家族?余の家族…守ってくれたのは。りゅ……ゃ…、う……ら…は。
「悲しい気持ちはわかるけどあなたは間違えてるよ。
幸せにするんじゃなくて、お互いに助け合って幸せになるの。
妹さん……この人とあなた、みんなの幸せを願ってたはずだよ。
それなのに、こんなことするなんて……あなたは絶対に間違えてる!」
「……そんなことは分かってる。でも!死んじゃったあの子にあたしが
出来ることっていったら仇をとることくらいしかないんだよ!」
「他にも出来ることあるよ。幸せになれば良いんだよ。
妹さんが、先に死んじゃったことを後悔するくらいに。
きっと何処かで見ててくれるはずだから。ね?」
──殺せ!殺せ!殺せ!目の前の女を殺してしまえ!
梓は反応しない。銃口がだんだんと下がって行く。
「あの子が……優しかったあの子が……こんなこと望むはずがないよな。
あたしが……間違ってた」
──殺せというに……
──っく。この身体は面白う無い。人間風情が不快な気分にさせてくれるわ。
梓の頭の中から神奈の気配が消えた。梓のこころが軽くなる。
「ありがとな。……あんたのおかげで助かった気がする」
神奈に支配されていた精神的疲労からか、梓は観鈴に礼を言いながら倒れ込む。
観鈴の背後では彰が立ち上がろうとしている気配がする。
「にはは。ぶいっ」
観鈴はVサインを作ってからぺたんとしりもちをついた。
「にはは。観鈴ちん……安心したら腰が抜けちった」
ようやくたどり着いた千鶴が森の向こう側から観鈴達のところに走り寄ってくる。
足音を耳にした梓はそちらに顔だけを向けた。
「千鶴ねえ……遅すぎ」
【梓 正気に】
【彰 また重傷】
【神奈 どっかに】
【観鈴 腰くだけ】
【千鶴 元気】