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小さな奇跡


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 誰かを捜すといっても、あてはなかった。かつて自分が持っていたレーダー
さえあれば――とも思ったが、それは結局無意味だった。あゆも、千鶴も、梓
も、彰も、そして北川自身も、既に体内に爆弾を有してはいない。
 施設のこと。
 詠美のこと、芹香のこと、スフィーのこと。
 CDのこと。
(ま、気になることは他にも残ってたんだけどな)
 観鈴のこと。嫌になるほどレミィに似ている、彼女のこと。

 そう、かつて観鈴の側には二人の男女がいた。一人は、観鈴に母と呼ばれて
いた晴子という女性。そしてもう一人は、あの国崎往人。正直なところ、彼ら
――特に往人が簡単に死ぬとは思えなかった。だが同時に、まだ死んでいない
とすれば、どんなことがあっても観鈴の側を離れるはずがないと思えた。
 少年とやらを追っていった結果、何かがあったのだろう。
 何があったかを観鈴本人から聞こうとするほど、彼も野暮ではない。彼女が
話したくなった時に聞いてやれれば、それでいい。

 ただ、寂しかった。

『だからって、ウチの観鈴に手ェ出したら容赦せえへんで』
 そんなことを言っていた観鈴の母親は、恐らくもういないのだから。

『それと、その釘打ち機は捨てろ……電池はこっちで、使っちまったんだよ』
『酷いな、往人さん……もうちょっとで大逆転だったんですよ?』
『悪かったな』
 そんなやりとりをして笑いあった往人も、恐らくもういないのだから。

 でも、それで良かった。寂しさすら感じられなくなったら、もうお終いだ。


「うぐぅ……ここ、どこだろう……千鶴さん、梓さぁん……」
 本来は何よりも暗闇を苦手とする月宮あゆが、こんな状況――宵闇と孤独に
耐えていられたのは、偏にその決意のお陰だった。
 千鶴と梓を見つけて、梓を説得して――最終的には、一緒にこの島を出る。
 その決意が、彼女の決して図太くはない神経を支えているのだ。
 だが現実問題として、彼女は自分がどの辺りにいるのかを分かっていない。
G.N.が千鶴に伝えた、梓の姿を最後に確認できた場所だけは彼女も聞いて
いた。しかし、それが実際にどの辺りかという話になると、結局分からない。
 現在地も目的地も分からないのでは、どうしようもないではないか。
 無論、あゆに方向感覚などという便利なものがあるはずもない。言うまでも
なく目標は千鶴と梓の下ではあるのだが、実際どこに向かっているのか見当も
つかなかった。ただ彷徨い歩いているのと大差ない。多分、自分の意志で皆が
いた場所に戻ることもできない。もし仮に戻れたところで、既に施設に行って
しまった後だろうが。
「――うぐぅ!?」
 何かに躓いた。
 思いっきり地面に顔を打ち付けた。
「うぐぅぁ……」
 痛い。苦しい。暗い。寂しい。怖い。でも、立ち上がらなければならない。
「……おいおい、大丈夫かよ?」

 それはまあ、二人揃って方向音痴だったからこそ起きた、小さな奇跡のよう
なものだった。北川は、あゆを追っていたつもりで迷走していた。だが、あゆ
は北川の想像していた方向へ向かってはいなかった。彼女もまた迷走していた
のだから。
 どちらかが本来進むべき道を進んでいれば、ここで再会はできなかった。
 でも、再会できた。ならばそれは必然に違いない。


 北川が暗闇の中にあゆの姿を見つけ――もずく神とかいう急造の神様に感謝
を捧げつつ――近付いて声を掛けようとしたその瞬間。
「――うぐぅ!?」
 彼女は思いっきり前方に転び、地面にキスをしていた。
「うぐぅぁ……」
 苦しそうにしながらも、泥だらけになりながらも、泣きながらも。なりふり
構わず必死に立ち上がろうとしている彼女の姿を見て。
(どっかで見たような光景だよなぁ)
 ちょうど観鈴のことを考えていたこともあって、北川はそんなことを思った。
あの時ほど切迫した事態ではなさそうだから、まあ随分と気楽ではある。
「おいおい、大丈夫かよ?」
 すぐに駆け寄って、肩を貸してやる。
「き、北川さん!?」
 それこそ鳩が豆鉄砲を喰らったかのごとく、あゆが驚いた。
「みんな施設に行ったんじゃ――」
 そう思ったからこそ、あゆは皆の下を飛び出したわけだが。
「みんな、ってわけでもないんだな。これが。立てるか?」
「う、うん……」
 まだぬかるんでいる地面のせいですっかり汚れてしまってはいたが、幸いな
ことに大した怪我はない。
「どうして――」
 本当は、まず最初に礼を言うべきだ――それはあゆにだって分かっている。
でも、最初に口から出てきたのは違う言葉だった。
 それは疑問だった。


「どうして北川さんは施設に行かなかったの? 気にならないの?」
 あゆには、千鶴と梓という絶対に譲れない目的があった。だが、もしそれが
なかったとすれば、自分も間違いなく施設に戻ろうとしていただろう。
「そりゃまあ、気になることはいろいろあるさ。そういうお年頃だしな、これ
でも一応は」
 施設のことも。
 詠美のことも、芹香のことも、スフィーのことも。
 CDのことも。
 観鈴のことも。
「だけど、施設のことは他のみんなに任せてきた。耕一さんもいるんだ、多分
何とかなるだろ」
 北川が危惧していた問題の一つ――リーダー不在という点については、耕一
との再会で解決できた。これもまた大きな幸運だったと言ってもいい。
「それにほら、言い出しっぺは俺だろ? だから月宮さんに最後まで付き合う
よ。さっさと全員ひっ捕まえて、俺達も施設に向かおう」
 施設を出る時に、繭が加わり――
 施設を出た後に、七瀬、晴香、耕一、観鈴に出会い――
 いろいろあって、今はまた二人に逆戻りしてしまったけれど。
 でも。
 きっと大丈夫だ。
 一人じゃないから。
「…………」
 そしてあゆは、本来最初に言うべきだった言葉を口にした。
「……ありがとう」


「んじゃまあ、気を取り直して出発するとしますか!」
 景気良くそう叫んだ北川ではあったが。
 彼もまた、どこに向かえばいいのかを見失っていた。もちろん、自分達が今
どこにいるかも。暗闇の中を無計画に歩き回れば、まあこういうことになると
予想はできたはずだ。それを打開する手段は、現状では何もない。
 でも、動かなければ事態を変えられない。とにかく歩を進めようとして――
「待って!」
 かつて施設でそうだったように、あゆによって呼び止められた。
「ボク、難しいことはよく分からないけど、でもきっとこっちだと思う」
 彼女が指し示した方向は、北川が進もうとした方向と全くの正反対。
「おいおい、マジかよ?」
 もうあゆから恐れはなくなっていた。だからこそ、彼女は己の純粋な直感を
信じることができる。
 すっかり忘れていた。
 自分は多くの人達に支えられてきたのだということを。
 自分は多くの人達に支えられているのだということを。
「きっと、こっちだと思う」
 もう片方の手でポケットの中の種を握りしめながら、はっきりと断言する。
「…………」
 北川はしばし黙考したようだったが、すぐに表情を緩めて言った。
「人の性格が完全に反転したりとか、魔法がどうだとか、この島に来てからは
そんなのばっかりだったよな、そういえば。ちょっとぐらい勘がいい奴がいた
ところで驚かないことにしとくよ。てことで、今度こそ出発!」
 北川は向きを変える。彼女の指し示していた方へ。そして一歩、踏み出した。
「うん!」
 あゆもそれに続いた。

 きっと大丈夫だ。
 一人じゃないから。



【北川潤、月宮あゆ、合流。目的地へ向かう】

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