星空の下で


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総勢九名の大所帯になった生存者。
そんな彼らを千鶴が仕切ることには誰も異論は唱えなかった。
(最年長だから、と茶化した梓と北川は殴られたが)
そして、千鶴が決めた当座の方針。


詠美、芹香を早急に救出する。
耕一、マナと合流を果たす。


施設で非常事態が発生した、というのは立ち上る煙から察することができる。
けれども、その原因などの具体的な状況を把握しているものは一人もいない。

体内の発信機以外を感知できるレーダーを使ったが、施設内の二人の反応はなかった。
だが、それは施設の深度にいるためや煙の影響で感知できなかった、という可能性もある。
ならば、施設内で彼女らが死んだと決めつけるのは早計だ。

また、スフィーが神奈の影響を受けた、という可能性もある。
それは、かつて千鶴とあゆが西の祠で彼女と出会ったときのことを思い出してのことだ。
しかし、そのことを裏付ける要素は何一つとして存在しない。
そもそも、スフィーが単独で行動しているのは自分たちに助けを求めるためかもしれない。

そして、耕一たちのことも気がかりだ。
耕一とマナの位置はレーダーに映っている。自分たちのいる場所からそう遠くないし、今のところは目立った脅威は確認できない。
かといって、レーダーに映らない神奈の前には何の保証にもならない。それに、もしかしたら不確定要素のスフィーと遭遇してしまうかもしれない。

生き残っている者たちでまとまって行動した方がはるかに安全なのだが、施設に残された者たちを考えると耕一たちと合流する時間も惜しい。
そこで、千鶴は精鋭二名に耕一たちを召還する任務を与えた。


「んじゃあ、耕一たちを見つけたら直で行くから」
柏木 梓。

「うん、行ってくるよ。みなさんも気をつけてね」
月宮 あゆ。

足が速い者を選抜するという意見もあったが、日が暮れた森の中を走るというのはあまりにも無茶なので却下された。
梓は耕一が捜していたという理由で。
あゆは神奈を感知できる(らしい)とのことで。
などと、もっともらしい理由を千鶴は述べたが、実際のところは千鶴の私意がかなり優先されているようにも見える。


宵闇の中を二人の少女が歩く。
耕一たちを見つけるのは梓が持っている探知機が頼りだった。
「えっと、こっちでいいんだな。あゆ」
先を歩いている梓があゆに問いかける。
「そうだけど……。っていうか、こう木が多いとわかりづらいよ」
あゆは探知機を見ながら前を歩く梓についていく。
夜の森は月の光をさえぎり、フクロウやら何かの鳴き声が聞こえる。
「……ねえ、梓さん」
暗闇が苦手なあゆは恐怖感を紛らわすためか、梓に話しかける。
「なんだい」
振り返らずに梓は答える。
「耕一さんって、どんな人?」
何度も千鶴と梓の会話の端にのぼって彼が従兄弟だということは知っている。
そして、以前にあゆはある家でちらっと彼は見かけた。
そんなあゆには女装をしていた変な人、という印象が強い。
「そうだな……」


少し思案して、梓は答える。
「ガサツで、ズボラで、スケベで、オヤジ臭くて、その上酒癖も悪くて。
ああ、口も悪いし、ついでに頭も悪いし。それに他人様に迷惑をかけまくる自己中だし。
そのくせ、口ばっかりのイクジナシだし。あと、あいつにはデリカシーってもんが無いし。
人をよくからかうし、食い意地張っているわりには味にはうるさいし……」
ふんふん、と頷きながら梓の愚痴(?)を聞いてあゆは一言。
「……梓さんって耕一さんのことが好きなんだね」
あゆのその言葉に梓は思わずつんのめる。
「なななな、なに言ってるんだよ、あゆ。そっ、そんなことがあるわけ……」
梓は後ろを振り返り、あゆに抗議の声をあげる。
「なに動揺してるの、梓さん?」
その狼狽した梓をあゆは不思議そうに見る。
「いや、だって、ほら、な。さっきの話のどこからそんな結論が出るんだ?」
しれっとした顔のあゆに、梓は顔を赤らめて反論する。
「だって、本当に嫌な人だったら『ヤナ奴』の一言で終わるでしょう?」
「うっ……」
「それに、そんなに不満があるってことは、つまり直して欲しいと期待しているんだよね」
「……」
「いいなぁ、一緒に遊べる同い年ぐらいの従兄弟がいて。ボクの従兄弟はまだ、幼稚園だし」
「……え。ははははは、そうだね、それは残念だ……ははは」


「従兄弟の家に行くと、ボクはいつも子守りをさせられてたから、そういうのってうらやましいな」
あゆの『好き』という言葉の意味を理解した梓は力無く笑うと再び歩き出した。
「うん? どうしたの梓さん」
「うるさい! それより、発信機の方は!」
なにか、梓の気に障るようなことを言ったのだろうか。そう自問しながらあゆは発信機をのぞき込む。
「えっと、ちょい右。うん、それで後はまっすぐって……うぐっ!」
急に止まった梓の背にあゆは鼻をしたたかぶつけた。
「しっ! あゆ!!」
振り返った梓はくちびるの前に人差し指をあてていた。
理由は分からなかったが、あゆも声をひそめる。
「鼻ぶつけた〜。って、ん、あれは……」



耕一は大きな木の根本に腰かけ、これからのことを思案していた。
日が沈み、繭たちの足跡を探すのが困難になった今、このまま闇雲に森の中を歩き回るのは得策ではない。
施設の方に向かい合流を待つという手もあるが、未だに煙が立ち上っているような危険な場所にマナを連れていくのもためらわれる。
ならば、誰かが迎えが来るのを待つか?
しかし、梓のことも気になる……。
おそらく、彰を捜しているのだろうが、耕一はこの二人の行く先に関して、手掛かりは何一つない。
人、一人を捜すにはこの島はあまりにも広い。
だが……。


耕一は自分の肩に寄りかかって眠っているマナを見る。
顔色も良くなってきて、規則正しい寝息も聞こえる。もう毒は大丈夫だろう。
マナと別れたとき。もう二度と生きて会えないかもしれない、と覚悟をした。
だが、今、彼女は耕一の横でスヤスヤと眠っている。
マナと再会したときも、手掛かりがあったわけではない。
そして、倒れていた自分をマナが見つけたことも思い出す。
ふと、耕一は自分の小指を見てみるが、当然のごとく何もついていない。
耕一は満点の星空を見上げて一人、苦笑した。

「う……ん……。あれ、耕一さん」
「や、マナちゃん。おはよう」
朝にはほど遠いが、耕一は目覚めのあいさつをした。
「ゴメン……、私、寝てたんだ」
「いや、十分くらい、かな。まあ、ちょうど休憩したかったから」
マナは大きく伸びをして眠気を振り払おうとするが、思わず大きなあくびが出た。
それを見て、微笑んだ耕一をマナが見咎めた。
「……なに耕一さん、ニヤニヤして。いやらしい」
「ゴメン、マナちゃん」
謝ってはいるが、耕一の顔にはまだ微笑みが残っている。
マナはそっぽを向いているがその顔も照れ隠しの微笑が浮かんでいる。
(あんなに寝顔を見られているのに、あくびぐらいで恥ずかしいって変よね)


で、体の方は、もう大丈夫?」
そう言って、先に立ち上がった耕一はマナに手を差し伸べる。
「ん、もう歩いていけると思う」
マナはその手を取り、立ち上がろうとした。
「あ、ありがと……きゃっ!」
だが、大丈夫だと思った推測と違って、寝起きと疲労で足がふらついていたのだろう。
「大丈夫、って、え?」
耕一はなんとか踏みとどまったが、マナはまるで抱かれるように、その胸に倒れ込んだ。
「……」
「……」
星の瞬きの中、二人は無言であった。
動けないのか、動きたくないのか。それは、誰にも、恐らく当人たちにも分からないだろう。
そんな二人を見ているのは星空と……


「で、梓さん。ボクたち耕一さんを捜しにきたのに、なんで隠れてるの?」


【梓&あゆ。耕一&マナを監視中】

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