言葉と思考の外側に


[Return Index]

朧月の柔らかな光を浴びて、岩場の冷たい風の中を七人の男女が歩いていく。
荒涼とした風景に彼女たちが与える彩りは、あまりに赤味ばかりを帯びていたが、
それも今では月の光が包んでいた。
交わす言葉の数々は、少し離れると風切音に乗せられ消えてしまう。
そして行く手に立ち昇る煙のひとすじも、今では風に運ばれ見えなくなっていた。

先頭には小銃を持った七瀬留美と、拳銃を持った巳間晴香が立っている。
続いて北川潤、七瀬彰、神尾観鈴の3人。
北川が彰に肩を貸し、観鈴がそれを気遣うようにして進んでいる。

一行の進路は、七瀬留美と神尾観鈴の二人で時々相談して決定された。
ありていに言えば、施設を出てきたスフィーを避けながら進んでいる。
方針を決めたのは、後列にいる柏木千鶴と、椎名繭。
二人は多くの事象について、ほぼ同様の結論を持ちながらも、討論していた。
集団の年長者である千鶴と、子供の繭が、今やこの奇妙な集団のブレーンなのだ。

「可能性として、レーダーに映らない何者か-----例えば管理者側の人間-----が
 施設に入り込み、詠美ちゃんと芹香ちゃんを殺害し、スフィーさんだけが逃げてきた
 ということも考、えられなくはないと思うの」
「施設にも二人いたわけだし、管理者側の人間がどれだけ干渉してくるのか判らない
 以上、その可能性は否定できないですね」
繭は施設に居る間に交わされた会話や情報の流れを、驚くほど正確に掴んでいた。

ただ動物と遊んでいるようにしか見えなかったが、無意識下で記憶していたのだろう。
…あゆにより倒された源三郎と、御堂を倒した源五郎。
その他にどれだけ管理者側の人間がいるのか、繭たちの知る由もない。


「でも、立てないほど消耗していたはずのスフィーさんの移動速度が、人並み以上に早いということ。
 更に言えば、こちらの位置を掴んでいるかのように時折進路を修正してくること。
 この二点は無視できないわね」
「そうなんです。
 もはや施設に持ち運べるレーダーは存在しないはずだし、そうなると件の”神奈”による影響
 を受けていると考えるべきだと思いますね」
二人は頷きあい、スフィーの危険性を神奈と直結すべきだと再認識した。

結論が出たところで、繭が前方へ呼びかける。
「七瀬さん、むこうの位置はどう?」
「うーん、このままだと-----入口に回り込むのは、厳しそうよ?」
それは当然だった。
正面口から出て、こちらに向かってくる人物をかわすのは難しい。

繭が前に出て、観鈴と七瀬に位置を示しながら進路の変更を指示する。
「正面口から少し離れたところ-----このへん-----に、エアダクトがあるわ。
 そこから施設に進入しましょ」
「わかった……ところで、繭?」
「なあに? どうしたの、七瀬さん?」
あどけない疑問の表情を浮かべる繭に、七瀬が尋ねる。
「あんた実は、頭いい? 勉強とかすごく出来るほうだったの?」
「うーん…どうなんでしょう? 小学校の頃はよかったですけど…その後は、テスト自体を
 受けてませんから、評価も何も…」
「…なんだか恐ろしいほど才能の無駄使いをして、生きているかもしれないのね…」
「う…そう言われると、なんとも…」
二人で腕を組んで考えこむ。

”本当の繭”がどれほどの知性を携えているかなどと、考えた事もなかった。
なにしろ繭自身が、それを発揮しようと思ったことさえ、なかったのだから。


七瀬がダクトの縦穴を降りながら、誰にともなく話し掛ける。
狭い通路にエコーを響き渡っているが、全く気にしない。
「…どうにか、かわしきったみたいね」
「うん、追ってくるかもしれないけどね。
 とりあえずは、上手くいったんじゃないかな」
答えたのは、やはり晴香。
二人はいつもの調子で会話を続けながら-----さすがに手足や刀は出なかったが-----梯子を降り、
最初に廊下に立つ事ができた。

「それにしてもこの施設、聞きしに勝る大仰さね…」
一行は、かつて千鶴達が侵入した通気口から施設に侵入している。
はじめて内部を見る七瀬と晴香は、いかにも秘密基地といった構えを隠そうともしない施設の在りよう
に、驚き呆れていた。
「もう何でもアリって感じよね…」
「どっかの湖が割れて、巨大ロボットが出てきても、もう驚かないわよアタシ…」
二人は、規則的な曲線を描くツヤのある廊下を見つめて、大きな溜息をついた。


全員揃ったところで、打ち合わせどおりに二手に分かれることにした。
繭と北川、それに七瀬と晴香は、先にコンピュータールームの偵察を行う。
「じゃあ千鶴さん、先に行ってます」
「ええ、彰くんを医務室に連れて行ったら、わたしもそっちへ行くから。
 危険がありそうなら無理せず引いて、こちらに合流してね」
千鶴と観鈴は二人で彰に肩を貸し、繭たちに軽く手を振って医務室へ向かった。


綺麗にワックスがけされた廊下が、三人の影を映している。
「……それにしても、酷い有り様ね」
千鶴は包帯と血にまみれた彰の姿を見ながら、半ば感心するように言った。
「そうですね…でも、耕一は-----いや、耕一さんは、もっと酷いですよ」
「……そう」
彰は、僕がやりましたから、とまでは言わなかった。
言わずとも、通じていたようだったから。

 長めの、沈黙があった。

 観鈴だけが悲しそうな顔をしていたが。
 残りの二人の表情は読めなかった。


三人は螺旋階段を通り抜け、医務室のあるフロアの廊下を歩き始めていた。
「…たぶん僕は、生きて帰ることはないと思います」
唐突に、ぽつりと彰が呟くと、突然観鈴が大声を上げた。
「-----そんなこと!」
「いや、死ぬとは言ってない。でも、帰る気も-----あまり、ないんだ。
 もし皆が帰ることになっても、僕は残るかもしれない」
「そんな…」
絶句する観鈴と入れ替わって、千鶴が口を開いた。
「残るなら-----よろしくね」
「……はい」
初音を、よろしくね、とまでは言わなかった。
言わずとも、解っていたから。


少し歩くと、扉と血糊と、死体が見えた。
医務室前は一つの戦場だったから、ここで戦った千鶴にとっては驚くに値しない。
「滑るから、気をつけて-----」
そう言って室内に入り、彰をベッドに寝かせる。
さっそく観鈴が包帯をはずし、改めて血を拭き、消毒をする。

千鶴はその様子を確認し、特に自分の手は必要なさそうだと考えた。
「それじゃ、わたしは先にコンピュータールームのほうに行ってるから。
 具合がいいようなら、二人も来てね」
振り向き、歩き出そうとしたそのとき、気配を感じた。
ついたての向こうに、誰かが寝ているのではないだろうか?

 数歩移動して、回り込むと。
 …死体が、あった。

 詠美と、芹香。
 二人は胸のあたりで手を組んで、安置されていた。


「千鶴さん……この二人は…?」
「…例の、二人よ」
彰と観鈴の視線を受け止めて、千鶴は頷く。
「誰かが-----二人に好意的な誰かが、運んだんでしょうね」
そして視線を流していく。
血痕が、点々と床に道しるべを作っていた。
入るときは長瀬源三郎の血で判らなかったのだが、階段のほうまで続いているのだろう。

 千鶴は、走り出した。



その血痕を辿った先。
すなわちコンピュータールームに向かう繭達は、道しるべを作った主に遭遇していた。
「……マルチ!?」
初対面の晴香が、幻でも見たかのように驚き、立ち尽くす。
滑稽なほど動揺する晴香を見て、北川が笑いながら歩みより、気さくにHMへ話し掛ける。
「なんだ、歩けたんだな。
 煙が出ているけれど、あれは何なんだい?」
「煙は……」
消え入るような声で、HMが答える。
晴香が違和感を抱くのも、無理はない。
「北川…なんだか…様子が、変じゃない?」
「まあ、ロボットだからさ。
 マルチはマルチでも、晴香さんの知ってるマルチとは違うんじゃないかな?」
そう言ってぽん、とロボットの肩を叩く。

 返ってきたものは、全員の予想と全く違うものだった。
 まず視線が、違う。
 言葉の響きも、違っていた。

 「どうして……私は、ロボットなんでしょうか?」


【北川潤、椎名繭、七瀬留美、巳間晴香 感染HMに遭遇】

[←Before Page] [Next Page→]