銃声は、一度
「北川――そいつから離れて」
そのHMを知っているであろう北川は警戒を完全に解いていた。あの聡明な
――そう形容するのはやはりはばかれたが――繭ですら、同様に。この施設に
来たことのないはずの晴香が何故あんなに動揺したのかは分からない。
HMに小銃の銃口を向けたのは、七瀬。
戦闘用HMとの激しい戦闘を経験している――そして、HMとの接点をそれ
しか持っていない七瀬にとって、HMは最大限に警戒しなければならない相手
だった。もちろん、今目の前にいるHMがあの時のHMとは同じとは限らない。
あれよりは弱いかもしれないし、敵意はないかも知れない。
だが。
同時に、あれよりも強いかもしれないし、敵意もあるかも知れない。
「おいおい、何をそんな――」
七瀬を諫めようとした北川を後目に、HMに銃を向ける者がもう一人。
晴香だった。
「七瀬は銃を降ろして。確かめたいことがあるのよ」
彼女は落ち着きを取り戻していた。
「姉さん達と同じようになりたいです」
「あんたも、マルチの妹なのよね?」
マルチは既に死んでいる。その事実は放送で告げられていた。だとすれば、
残された可能性はそれしかなかった。あの戦闘用HMと同様、このHMもまた
マルチの妹なのだろう。今の一言で確信が持てた。
「どうして……私は、ロボットなんでしょうか?」
疑問に対する回答ではなかった。
ただ、確信は揺るがない。
「さあね。ただ、あんたの姉さんはそんな疑問持ってなかったんじゃない?」
次の言葉もまた、疑問に対する回答ではなかった。
壊れたロボットのように、同じ言葉を、同じイントネーションで繰り返す。
「姉さん達と同じようになりたいです」
晴香が知る由もない。
彼女の知っていたマルチですら、人を――晴香にとっても、マルチにとって
も、戦友と言える存在だった智子すらをも殺していたのだ――ということを。
疑問の答えは得られなかった。ならば、残りの命題を果たすしかない。それ
は至極単純な命題だった。
管理側以外の人間は、殺す。
命題を果たすべく隠し持っていたそれ――かつて詠美や御堂にポチと呼ばれ、
その想いを果たし、そして果たしきれなかったCz75――を、取り出そうと
した。標的は、自分に答えを与えなかったこの女。
自分に向けられようとしている、銃。晴香も即座に反応しようとした。その
程度のことができるぐらいには修羅場を潜り抜けてきていた。
HMの額にポイントされているそれ――自分の手にある拳銃――の、引き金
を少し引くだけで良かった。
撃たれる前に撃てるはずだった。
だが。
『どうして……私は、ロボットなんでしょうか?』
そんなことをぬかしていた、このHM。
その時のHMの表情。
それは晴香に、一瞬の躊躇を与えた。
それで十分だった。
銃声は、一度。
銃弾は、二発。
一つは、HMの額を貫き。
もう一つは、晴香の腹部を貫いた。
【HM、致命的ダメージにより行動不能】