それぞれの生き様
結果は、一瞬にして出た。
どさり、と倒れこむ二つの影。
晴香は膝をつき、そのまま前のめりに倒れる。
HMは棒立ちのまま、真後ろに倒れた。
「は-----晴香っ!」
立ち尽くしていたひとつの影が、その片方に向かって駆け寄る。
残る二人は長い静止の時間を取り戻そうとでもするかのように、慌てて
銃を引き抜き、倒れたHMに向かって構えた。
「この-----お前、どういうつもりなんだっ!?」
「なんで…なんでなのよ!? 壊れちゃったの!?」
すぐにも引き金を引こうとする二人。
「……二人とも、銃をおろしなさい」
抑えたのは、最初に引き金を引こうとした七瀬を抑えた人物。
「巳間さん……」
「繭、おろしな、さい」
「晴香さん……」
「北川、おろせっ、つってんの、よ」
七瀬の肩を借りて、眉間に苦痛の縦皺を寄せながら、二人を睨みつけて
前進する。
「晴香…大丈夫なの?」
「だい、じょうぶなわけ、ない、で、しょうが!」
弾は、抜けているようだった。
吐血や喀血はないようだから、内臓は無事なのかもしれない。
それでも腹部を貫通しているのだから、重心を移動させるたびに痛みが走り、
歩きながらの会話は苦しげなものになる。
そしてようやく倒れたHMのそばまでたどり着くと、七瀬の肩からずり落ちる
ようにして、HMの顔を覗き込んだ。
そのまま妙に落ち着いた声で、語りかけ始める。
「アンタ、さ……聞こえてる?」
返事は、ない。
しかし、目が動いたような気がしたから。
そのまま続けることにした。
「アンタさ、何かが自分に足りないって思うことは……立派な、ことなんだよ」
今度はきゅいん、と明らかに音がして、瞳孔が動いた。
「人間かどうかなんかより、自分がどうあるかのほうが、よっぽど大切じゃない?」
HMの駆動音が、空回りして鳴り響く。
「その辺の見極め間違えてさ。
他人様に迷惑かけるのも疑問に思わなくなった時点で-----
ズドン!!
銃声。
一撃。
中枢部位が半壊していたHMは、完全に機能を停止した。
-----アンタ、アタシたちの友達には、なれやしなかったんだよ」
そう言って晴香は、脱力した。
銃口から立ち昇る一筋の煙は、供養の線香のようでもあった。
「-----それで、具合はどうなの?」
送れて到着した千鶴が、繭に尋ねる。
既に晴香は七瀬に連れられて、医務室へ向かっている。
「弾は綺麗に抜けてるみたいですけれど…痛みが、強いみたいです」
繭の意見に頷きつつ、北川が不安を口にする。
「あのHMが狂ったとなると…芹香さんたちは…」
しかしその不安は、千鶴にとって過去のものになってしまっている。
結論は、既に出ていたから。
悲しげに首を左右に振り、二人に向かって告知する。
「芹香さんと、詠美ちゃんは-----もう、だめだったわ」
「……そんな!」
「くそっ…」
各々が改めて悲しみに浸る。
だが、それも長くはなかった。
彼らには、やるべきことがあったから。
「繭ちゃん、北川くん-----行きましょう」
千鶴が、最初に促した。
答えた二人も、決意を新たに頷く。
「そうね…CDを、発動させなきゃ…」
「ああ、俺の仕事は…これからだ」
繭は、北川は。
そのとき、誰のことを思っていたのだろう。
たくさんの出会いと、たくさんの別れの中で。
最後に残ったのは、ちっぽけな円盤だけではなかったはずだから。
医務室のあるフロアの、血塗られた回廊を二人はひょこひょこと歩いていた。
まるで不器用者の、二人三脚のようである。
「ちょ、ちょ、ちょっと、なな、なななななせ」
「あたし、”ななせ”よ」
「うっといわね! 痛いっつってんのよ!
って、痛たたたた!」
「…晴香ぁ、あんまり怒ると、血圧あがるからやめときなさいよ。
これでも、本気で心配してんのよ?」
「アタシは、アンタが包帯巻いたりできるのかが心配よ!」
「あはは、大丈夫。 観鈴がいるじゃない。
それに千鶴さんも、コンピューター室占拠できたら、戻ってくるって言ってたし」
「アンタ……潔すぎ」
”医務室”の札を発見し、曲がる。
扉はないから、すぐに室内が見渡せた。
……そこには誰も、いなかった。
観鈴も。
そして、彰さえもいなかった。
二つの死体が、あるだけだった。
一人と一羽、そして二匹がそこにいた。
しかし今まさに、もう一人が加わろうとしていた。
再び施設の内部に入ろうとした観鈴の前に、人影が立ちはだかる。
手には観鈴が置いてきた、シグ・ザウエルショートがあった。
どきりとして、観鈴はその人影を見上げる。彰だった。
トイレに行くと偽って抜け出してきたのが、ものすごく悪い事をしたような気がして、観鈴は俯き沈黙する。
そんな気持ちを知ってか知らずか、彰は微笑んで優しく尋ねる。
内心では、どこからともなく出現した動物に、たいそう驚いていたのだろうけれど。
「観鈴ちゃん、どうしたんだい?」
「あ、あの-----ごめんなさいっ」
会話に、なっていない。
「…いや、べつにいいんだ。きみは丁寧に手当てしてくれたし…怪我には、慣れてしまったからね。
僕が一人で居るのはいいけれど、きみが一人で居るのは危ないよ」
「で、でも、どうして…?」
どうして、彰はここに来れたのか。
観鈴は不思議でたまらなかった。
「トイレは、医務室のすぐ右だったじゃないか。
きみは左に曲がってしまったから、どうしたんだろうと思ってね。
気付くのが遅れたけど、足音を辿ってみたんだ」
「にはは…彰さん、探偵さんみたい」
「ああ、君の偽証はお見通しってことさ」
ふたりで、少しのあいだ笑う。
本気で笑えたかどうかは、解らない。
それにあまり良く知らない相手だったけれど…構わなかった。
-----しかし、平穏の時は長く続かない。
突然、彰が真顔になって、観鈴に医務室へ帰るように宣言したからだ。
あまりの変貌ぶりに、観鈴は疑念を隠せなかった。
「……彰さん?」
「観鈴ちゃん…いますぐ、戻るんだ」
「いきなり、どうしたの?」
「銃声が、聞こえた。 きっと手当てが、必要になる」
…聞こえたような気もする。
でも、何かがおかしい。
観鈴は違和感から、素直に言うことを聞けなかった。
「彰さん…一緒に、戻ろ?」
しかし彰は頑なだった。
先ほどの微笑から想像もつかないような、観鈴を拒絶する冷たい物腰で返事をした。
「僕はもう少し月を-----独りで月を-----見ていたい。
だからきみは、先に帰って欲しい」
観鈴が寂しそうに階段を折りて行くのを、彰は見守っていた。
どうにも僕は不器用だな、とうんざりしながら腕を組む。
動物に語りかける彼女の姿には、憐れみすら感じる。
しかし彼女の姿が消えるのを確認すると、くるりと振り向いた。
空には、朧月。
地には-----やはり朧げな-----光が、あった。
光を睨む、彰の瞳が赤味を増してゆく。
(神奈備命-----ついに、来たか)
【七瀬留美・巳間晴香 医務室で呆然。】
【北川潤・柏木千鶴・椎名繭 コンピューター室へ突撃。】
【神尾観鈴 医務室へ。しょんぼり。】
【七瀬彰 神奈を発見。その心境やいかに。】