標的


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特に何を語るわけでもなく。
もちろん、何ができるというわけでもなく。
北川は、ディスプレイをぼんやりと見つめながら、ただそこに居た。

(80%を越えた……さすがに、早いな)
ウィルスの除去が、驚くべき速さで進行しているようだった。
話す余裕はないのか、そうする気がないのか、ろくすっぽ説明はないままなのだが
ときおり除去作業の進捗情況をディスプレイに映してくれている。

観鈴を呼び止めたのは、自分のわがままだと思っている。
だがそれならそれで、かわりに気の効いた小話でも披露して、彼女を楽しませる位の
芸はある-----はずだった。
(ちぇ……びびってんのかね、俺)
今は何も、浮かばない。

足を投げ出して、腕を頭の後ろに組む。
(……87%)
彼女は、何所からか連れてきた動物と遊んでいる。
その姿は笑顔に彩られているが、ひどく寂しげだった。
だから。
何があったのか、聞こうと思っていた。
いや、聞くべきかどうか、迷っていた。

すねのあたりで足を組み、天井を見つめる。
北川は、彼女の悲しみに明確な理由がある事を知っていた。
あれほど必死に観鈴を探していた往人が、死んだことだ。
彼女の母親も、時を同じくして死んだらしい。
道中で七瀬達からそんな話を聞いたのだが、彼女たちも詳しくは知らないようだった。

猫と戯れる観鈴の姿は、たしかに楽しそうではある。
だが彼女が望んでいるのは、猫ではないはずだ。
言ってしまえば、往人の存在なのではないだろうか。
(まったく…往人さん、恨みますよ…)

 つんつんっ!

心で呟くなり、烏が北川の両目に嘴を叩き込んだ。
「痛ェ!なんだこいつ!」
「カァーーーーッ!」
両目をおさえて椅子から飛び起き、烏の捕獲を試みる。
「烏のくせに、生意気なんだよ!!」
「クワッ!!」

北川の挑戦は、もちろん成功しなかった。
ひらりと北川の両手を避けた烏が、逆に怪我をした北川の手に向かって嘴を振り下ろす。
「ぐおおおおおおおお!?」
痛みに床を転げまわる北川。
容赦なく追い撃ちをかける烏。
「にはは、北川さん、烏さんと仲良し。
 羨ましいかも」
「羨ましくなんかねええええええええ!!」
「クワーーーーー!」
気の効いた小話どころか、怒鳴るだけで精一杯だった。

しかし世の中、悪い事ばかりでもない。
ディスプレイには、100%の表示が燦然と灯っていた。
そして続くCD解析のゲージは、もともと終盤に差し掛かっていたのだ。
(もう少しだな…)

 自らの危険を伴う、希望の扉。
 邪魔な鍵は、次々と外されていく。

 扉を開いた、その先には。
 一体何が-----あるのだろう?



(ぬかったわ…)
神奈は再び上空に登り、その意志のみで存在していた。
再び、多くの力を失っている。
神奈が油断していたせいもあるが、彼女にとっての不幸も多かったのだ。

だが一方で、スフィーの死は彼女にとっての活力にもなった。
彰への恨みを抱いて死んだ彼女の無念は、神奈の好む味付けがこってりと為されていたからだ。
そのためトータル的には、それほど大きなダメージではないとも言える。
(……とは言え、このままでは…消えてしまいかねん)

依り代が、必要だった。

目処はもう着いている。
いや、その表現は正しくない。
一目見た瞬間に-----決めていた。
(あの娘。あの身体こそが。 余の力を、存分に引き出すであろう)

もともと神奈は、さほどその娘を評価していなかった。
能力にも、精神にも、神奈の価値感では強さを認める事ができなかったからだ。
だから岩場を移動していたとき、その存在を感じたにも関わらず、思うところは何もなかった。

だが鬼飼いの男の隣に立つ、娘の姿を直に視界に捕らえた時。
……認識は、急変した。

 もしあの身体に依ることができたなら。
 魔法を使える程度の身体など-----なんの未練もない。

もはや他の人間など、どうでもよかった。
全力を傾けてでも、あの身体を乗っ取れば、恐れるものなど何もないのだから。

 コンピューター室の、狭く小さな大気の中で。
 神奈の意識は、じっと観鈴の姿を見つめていた。


【ウィルス駆除終了】
【CD解析再開】

【北川 そらに敗北】

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