雨の中
――時は少し遡る。
「で、梓さん。ボクたち耕一さんを捜しにきたのに、なんで隠れてるの?」
あゆの疑問は当然だった。
梓は決めかねていたのだ。
あそこに今すぐ、闖入したものかどうか。
それに、耕一の真意も知りたかった。
だから梓は、あゆの疑問が口に出されるまで迷っていたのだ。
しかし、あゆの言葉が梓を吹っ切らせた。
(そうだよな、こんなところでじっとしてるなんて、わたしらしくもない)
梓は一人大きく頷くと、あゆの手を引いて歩き出した。
「あれあれ? 梓さん、今度はどうしたの?」
戸惑うあゆの手を引く、梓は大股で歩いた。
「耕一、行くよ!!」
人の近付く音と、それに続いて上がった梓の声に、耕一とマナは驚くようにして互いの体を離した。
「なに、鼻の下延ばしてるんだよ、耕一。いいかい? このくそったれのゲームを終わらせようと、みんな集まってる。遊んでる暇はないんだ。急ぐよ!」
堂々と言い放つ梓。
数刻前にはかなり消耗していたのを忘れたかのように。
必要なときにはいくらでも元気に振る舞まってみせる、それが柏木梓だ。
「あ、いや、これは、その、別になんでもないんだ。そう、なんでもないんだよ、梓。て、ゆーか……」
いつもの調子で現れた梓に、つい慌てふためいてしまった耕一だった。
「何をあわててるんだよ、耕一?」
まるで何も見ていなかったかのように梓は言った。
「あ、いや、これは、その、えーと……」
マナは耕一から離れたまま顔を赤くして、梓に目を合わせずらそうにしていたが、やがて思いついたようにまくしたてはじめた。
「大体、こ、耕一さんが、足場のしっかりした場所を選んでくれないから、膝がカクッてなっちゃったでしょ、カクッて! それにわたしが、毒のせいで体力落ちてるの、分かってるクセに……」
ムキになっているように見えるマナを、梓は微笑ましく思った。
「もう、あたしがちょっと弱気になったからって、男の人っていつもそうなんだから」
「え? ちょっと、マナちゃん、それは……!!」
何だか情勢があやしくなって来て、耕一は慌てふためきながら口を挟む。
「男のクセに、言い訳しない!!」
マナの伝家の宝刀が今、再び耕一のすねに炸裂した!!
全身に包帯を巻いた男が、すねを抱えて地を転げる様は実に痛々しい。
耕一のそんな様子にマナは気遣う様子もなくそっぽを向いた。
(わたしが勝手に盛り上がってただけなのは判ってたのよ、この特殊な状況で。そう、だから……。
わたしはただ、この島で色々なことが起こりすぎて、そんな中でちょっと優しさに寄りかかってみたかっただけ。
どしゃ降りの雨の中、軒先でそれが通り過ぎるのを待つように……。
そこから出ていくのがちょっとだけ腹立たしいから。八つ当たりでごめんね、耕一さん……)
マナの思いは胸の中。
それを読みとれる者はなく。
ただ森の暗闇の中、耕一の呻きだけが低く響く。
耕一が気の済むまで転げ回ったところで、事態は一段落した。
あゆが耕一を助け起こし、今度はマナの機嫌を伺っている。
起きあがった耕一は少しばかり何事かを呟いていたが、間もなく言葉を切り、梓に向き直った。
そして、ほっとしたような笑みを見せる。
「そ、か。どうやら、落ち着いたみたいだな、梓。正直、あの時は俺も、どうなっちまうのかと思ったよ……」
静かに梓を見つめる耕一。
しかし……。
「ごめん、耕一。でも、今はそのことに……」
明るく振る舞っていた梓の表情に影が墜ちる。
耕一に皆に、梓は背を向けてうつむいた。
失った初音のことに、今は触れて欲しくないと梓。
それを悟り、黙る耕一。
僅かな沈黙が森を支配する。
「ほんとうに、ごめん……」
梓はつぶやく。
やがて梓はもう一度だけ頷いた。
表情を引き締めて振り返り、3人に告げる。
「さあ、本当に急ぐよ。他のみんなの状況は、歩きながら話すことにしたいと思う」
一同に視線をくれたあと、梓は率先して歩き出した。
それにつられるように、皆歩き出す。
(これ以上、わたしは失敗を重ねたくない。これ以上、誰も犠牲にはしたくない。
絶対に、これ以上、これ以上……)
気を張っている梓だったが、しかし、その消耗は本人が思っているよりも大きかった。
それゆえ、後に彰を救うため突出した耕一に、ついてゆくことが出来なかったのである……。