夏、青空の少女―She is waiting in the air―
人の力は、弱くて儚い。
一歩一歩観鈴に近寄る神奈に北川は殴り掛かろうとした。
だか、その拳の届く前に、目に見えぬ力ではねとばされる。
人の力は、弱くて、儚い。
無駄だとわかっていても、ただ叫び、起き上がり、そしてはね飛ばされることしかできなかった。
鳥は自由に空を飛ぶ力を持っている。
だがそれは、空のないこの場所では殆ど意味を持たない。
漠然とした衝動だけを頼りに、そらは神奈にむかう。
神奈は全く相手にしない。やはり神奈に届く前にはね飛ばされてしまう。
翼は、今、何の意味も持たない。
無駄だとわかっていても、ただ飛び掛かり続け、何度も何度も繰り返して。
瞳が、姿を捉えて放さない。
逃げたいと思っても、体が反応しない。
近付いてくる得体の知れない少女を前に、ただ座り込み、震えるだけ。
「自分の肉体に還るのは……久方ぶりだの……」
やがて、神奈の姿が観鈴と重なり。
少女達は、一つになった。
自らの無力を呪う絶叫が響く。
自分ではない自分が託した意志を果たせなかった、悔しさを込めた鳴き声がする。
観鈴であった少女は立ち上がり、そして、笑った。
無邪気な、少女の笑顔で、無力な者達に手を向けた。
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色のない、光か闇かもわからない空間を、観鈴は登っていった。
上下も左右もないはずなのに、『登っている』感覚だけがわかる。
最期に見たはずの光景。自分と少女が一つになる瞬間。
何も記憶に残ってなく、『わたし』がただそこをただよっているという認識がある。
まるで、夢の中にいるようだった。
たくさんの記憶を遡っていく。
自分と同じ運命を辿った少女達の記憶を。
そして、いくつもの時間の中で、白い羽根が導いた出来事を。
大道芸人として果てのない旅をしている女と、彼女が助けられなかった女の子。
生まれてくることを許されなかった少女の幻影。
呪われた子どもを持った女と、時を超えて彼女の意識を受け取ってしまった少女。
数え切れないほどの、夢の欠片を追っていた。
たくさんの自分や羽根。それに関わった者達の記憶。
その殆どは哀しみの色で塗り尽くされており、観鈴の心の染めていった。
世界に色が満ちてゆく。
青と、白のコントラスト。
たどりついた先は、夏、青空の下。流れる風の中。
見下ろすと、山道が見えた。
そして、一人の男の死体と、それにしがみつく少女の姿。
「りゅうやどのぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」
叫び声が、世界を揺らした。
観鈴の心を、揺さぶった。
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哀しかっただけなんだ。
心が、かなしさにうめつくされて、なにもわからなくなっちゃったんだ。
だけど……。
だからって、みんな、多分あなたを許さないから。
例えこの苦しみを知ったとしても、みんなも同じ苦しみをかかえているはずだから。
だから、せめて。
わたしはあなたに還って、ずっと一緒にいる……。
【神尾観鈴、神奈の内部で意識消滅】