たった一つの……


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「実に心地よい……」
「自分に近い体を再び持てること……」
「その、なんと心地よいことか……」
「わかるか? 無力な人よ……」

 話ながら次々と容赦なく襲いかかる攻撃の前に、北川は成す術もなかった。
 そらは最初の一撃で、既に意識を失っている。
 いっそ、そうなった方がどれだけ楽だっただろう。
 しかし、それは許されなかった。
 CDを発動させる、その仕事を終えずして倒れることは、北川自身許せなかった。
「なかなか耐えるではないか。余もそろそろ飽きた故、終わりにしてやろう」
 神奈に乗っ取られた観鈴の顔が、はじめて冷酷に歪んだ。
(まだか……まだ終わらないのか何やってんだよ!)
 この際、自分の命が助かることに興味はなかった。
 だが、自分は結局何も出来ないまま死ぬのは嫌だ。
 先に逝った仲間に、友に、会わせる顔がないではないか。
 全ての鍵を握るCDを、ずっと所有していたのは北川だった。
 そして寄り道をせずにメインコンピューターのあるこの場所を目指すことだって出来たはずだった。
 もう少し早くこの場所に辿り着いていれば、CDを動かせていたとすれば。
 せめて、スフィーくらいは死ぬことはなかったと思った。
 皆を苦しめたのは、間接的に自分のせいであると思う。
 そんな自分が、たったひとつ与えられた仕事もできずに、終わってしまうのだろうか。
(ちくしょうっ……俺は一体何なんだよ……っ!)


「そんなに後ろのそれが気になるか?」
 北川はハッと、神奈の目を見た。
「余は先程の女の記憶も覗いておる。そう驚く事はないであろ。
 あの女がおぬしに希望を託したことも知っておるぞ?」
「なら……」
 神奈を見る目に怒りがこもる。
「ならなんだってんだよ……」
「残念よのと言うておる」
「っ!」
 怒りで誰かを殺せたら……北川はこの時始めてそう思った。
「それは余にとってあまり好ましくないものであるそうじゃ。
 いっそおぬしの命を奪う前に、片付けて――」
「やめろっ!」
「……そう言うと思ったぞ。
 そこで、余がおぬしに一つ機会を与えてやろう。
 余がそれを破壊することをその場で見届けるなら、余に手をあげたことは水に流す。
 おぬしの命は、今は見逃そうというわけじゃ。
 それができぬなら、おぬしを殺したすぐ後にそれも一緒に破壊してくれよう。
 どうじゃ、面白いであろ。五つ数える間に自分で決めよ」


 選択肢は始めから一つしかない。
「五つ……」
 どちらが、より長く、機械を生かせるか。
「四つ……」
 ただそれだけだった。
「三つ……」
 そのわずかの時間差で、誰かがこの場にかけこみ、なんとかしてくれるかもしれない。
「二つ……」
 可能性に賭ける他なく、また与えられた選択肢以外に、道は思い浮かばなかった。
「一つ……」
「俺を先に殺せよ」
「……それの時間稼ぎを選んだか。
 余の問いかけに時間を置いて応えたのも、時間稼ぎの一つじゃな。
 自分の命を捨ててでもというわけじゃ……」
「……」
「いい心構えと言うておこう。
 だが、それが、余にとては実に不愉快じゃ」
 力のイメージを形作り、神奈は北川の胸に意識を解き放った。


 結局、何もできずに終わってしまった……。
 口では都合のいいことを言いながら、観鈴を助けることも、CDを動かすこともできなかった。
 スフィーの顔が脳裏に浮かんだ。
 彼女はかつて何と言っていただろうか。

『確かに魔法の力はある方がいいわ、でもねこれは呪文の手順をほとんど機械化しているの。
 この魔法を成功させるポイントはそれに対する想いよ。
 魔法って言うのは想いを実現させる物、想う力が強ければそれだけ魔法は威力を増す。
 私じゃなくてもこの呪文は発動できる。そしてそれだけの想いを持っている人を二人知っている。
 一人目は芹香さん この人は黒魔術を使えるんだから間違いなく成功するわ。
 そしてもう一人はね……アンタよ。』

 最後に、一つの可能性が北川の頭をよぎった。
 まさか、そんなことでいいのか?
 この台詞を曲解しないと、その結論には届きそうもない。
 だけど……、
 最後の最後まで、自分にやれる可能性のあることは試そうと思う。

 スフィーは『呪文の手順をほとんど機械化している』と言った。
 スフィーは『魔法を成功させるポイントはそれに対する想い』と言った。
 俺はそれを成功させたいと思っている。
 どんなことがあっても絶対に成功させたいと思っている……。

 神奈の力が、北川を貫いた。
 想いの行き場を北川から解放されて。
 プログラムは、起動した。



【北川潤 死亡】
【プログラム発動】

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