相棒
少々時を遡る。
銃声が、聞こえた。
「な、何!?」
慣れぬ仕事に四苦八苦しながら何とか晴香の治療を終えた七瀬が、驚きの声
を上げる。
銃声がした方向は――
――施設の最奥と思われる場所。
恐らくは、例のCDの解析を行っているというコンピュータールーム。
何があったのだろう?
今誰がそこにいるのだろう?
そんな疑問が次々と浮かんでは消えたが、この場に留まっている限り、どの
疑問も解決しないことは明白だった。
ベッドの上で上半身を起こそうとしている晴香を押し止め。
「……あたし、行ってくる。晴香はそこで待ってて」
自らの獲物――小銃を肩に掛け、一振りの刀を手にし、医務室を出ていこう
とする。晴香が動けない以上、自分だけで行かなければならない。
今まさに部屋を出ようとした、その時。
どすん――という鈍い音が、七瀬を引き留め、振り返らせた。
七瀬の目に映ったのは。
ベッドから無様に転げ落ちた晴香の姿。
巻いたばかりの白かった包帯に、血が滲む。
それはそうだ。傷口は閉じていない。動けば出血と、そして痛みを伴うのは
必然だった。運良く致命傷でなかったとはいえ、安静にしていなくてもいいと
いうわけではない。
彼女はベッドに立てかけてあった自分の刀にすがり、なおも立とうとする。
「ちょ――ちょっと、晴香!?」
「アタシ、だけ、こんなところ、で、寝てるわけ、にも、いかない、でしょ」
駆け寄ってきた七瀬に対し、一言、一言、肺の奥から必死に絞り出すような
声で告げる。
ふと、思った。
もしここにいるのが七瀬ではなかったとして。
今はもういない、自分の大切な戦友――保科智子だったとして。
彼女だったとしたら、どうするのだろうか?
『止めて聞くような性格やないもんな。枕元に立たれて恨み辛み聞かされるの
は勘弁や』
そんなことを言いながら、肩を貸してくれるような気がした。
でも、彼女はもういない――
――晴香の身体が、ふっと軽くなった。
「七瀬……」
晴香に肩を貸したのは、今ここにいる七瀬。
それは、晴香をここに留まらせるためではなく。
晴香と共に道を歩むため。
「どうせ晴香のことだから、このまま放って行ったら這ってでもついてこよう
とするんでしょ? そんなことになったら寝覚め悪いじゃない」
少しだけ楽になった身体で、晴香はあえて、ただ一言だけを伝えた。
それ以上の言葉は、必要なかった。
本来ならば、その言葉すら必要なかったのかもしれない。
でも、言っておきたかった。
「……頼むわよ、相棒」
【七瀬留美&巳間晴香、共にコンピュータールームへ】