正面衝突
眼光、といえたかもしれない。
あゆが、その鋭い眼光に体の震えを禁じえなかったのも、あるいは必然だったのかもしれない。
(うぐう……おかしいよ。おかしいんだよう。)
混乱。
あゆの今の精神状態を一言で形容するならば、こんな言葉になるのであろう。
疑念を口に出すのはやはり簡単である。しかし、それがもしも見当違いなものだったとしたら。
しかし。
いくら頭を振ってみても、いくら一緒に歩く耕一のズボンを握っても。
その疑念は、あゆの脳裏に焼きついたまま。
「どうした?あゆちゃん。具合でも……」
みかねた耕一が声をかける。
「あ ううん、何でも無いよ、耕一さん。」
慌てて笑顔を取り繕う。
「ん、そっか。」
どうやら耕一は、こういう嘘を見抜くことに関しては才能が無いようだった。
「ところで耕一。あたしたちなんとなく中に入っちゃったみたいだけど、どうするの?」
梓が口を開いた。
「……とりあえず七瀬さんを探そう。……とりつかれているらしいから、な。」
「探して……見つけて……どうするの。」
マナが言う。静かな口調。それでも、押し殺した感情が伺えた。
「……。」
誰も、何も、答えぬままに。一行は、通路を歩く――――――
「……耕一。」
話し掛けたのは、梓だった。
「あゆちゃんたち、連れてきてもよかったのかな。」
最悪、殺し合いが始まる。そんな現場に、観鈴、あゆの両名を連れていってしまっていいのか。
まして観鈴は精神的に相当参っているようだ。これ以上の負担はかけられないだろう。梓はそう言いたいのだ。
「うーん……だがもし俺達とはなれているときに神奈備命がそっちにいったらどうする?
そんなことになったら神奈備命にいいようにされちまう……と俺は思う。」
あゆ達の手前、語尾を少し濁した。
「そもそもさ、あたし達がなかに入ることって無いんじゃないの?結界だって……そうねえ、夜明けまでには完成すると思うし、
あたし達は外で待ってたほうがいいんじゃないのかな。」
梓も肉体的にはそろそろ限界に達している。だからだろうか。
発言内容が、少し逃げ腰になった。
「それだと中にいる千鶴さんたちが心配だ。繭ちゃんを連れているし……
やっぱり助けにいった方がいいと思う。」
そんな梓をとがめるでもなく、だが耕一はその提案を受け入れなかった。
「そっか……そうだね」
それっきり、梓も黙り込んだ。
黙っているのは、彰。
彰は彰で、あゆのそれとはまるで異質の、しかし観鈴たいしてかすかな疑念を持ち始めていた。
それは、ふとした疑問。証拠など何も無い、ある事象。
(僕はあまり観鈴という女の子をよく知らないけど)
よく知らないからこそ、この子を疑う事ができる。
襲ってきた「人物は」七瀬さんです……て言ったよな。
(言いまわしが少しおかしくないか?ふつう「襲ってきた人は」って言わないだろうか?)
(おまけにその前に「誰だと思います?」と訊いた。この状況下、そんな事をいう余裕が女の子にあるとは思えない)
しかし、それは観鈴とはなしたことも無い自分には、完全に憶測でしかない。
(天井の穴から逃げてきた、と言った。どうやって天井まで手を届かせた?ハシゴかなにかあったのかもしれないが)
そんなものを利用する隙を神奈備命が黙って見過ごすわけは無い。まさか縦になった北川を踏み台にしたわけではあるまいし……
(そして……)
結界の事を聞いたときのあの狼狽ぶり。無論一瞬だったが普通「本当ですか!?」と喜ぶのではないだろうか。
何故「そんなはずは」なのだろうか。それじゃまるで……
決定打が、欲しかった。
どちらの決定打が欲しかったのか分からない。疑念を吹き飛ばす決定打か。あるいは疑念を裏付ける?
「みす―――」
彰が言いかけた、そのとき。
「あ、おーい、千鶴姉ーーー!」
梓が叫ぶ、その先には。
長い通路のその先には。
柏木千鶴と、椎名繭。
少し遅れて、巳間晴香。そして――――――それを支える七瀬留美。
互いが互いを認識したとき。全員、その場で凍りついた。
そして張り詰める、空気。
あゆ以外の、誰もが思った。
―――――― 一触即発 と。