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一触即発


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 彼は、悪夢に苛まれていた。

 畜生。
 ポチはあいつにやられた。
 そらはどうなった? そらもやられたのか?
 記憶が定かじゃない。俺は無我夢中であいつに突っかかっていって――
 体中の節々が痛いことは痛い。でも死ぬような傷じゃない。
 結局俺みたいなのが生き残るわけか。
 畜生。

 そして悪夢の目覚めた先には、あいつの姿。
 そらが守ろうとし、守れなかった彼女の姿。
 何だ、まだやれることは残ってるじゃないか。
 俺は必死になってもがき、自らを抱える少女の腕を振り解いた。
 猫らしくなく、無様に地面に落ちる。情けない話だ。
 そして俺は、渾身の力を以て――



 最初に変化に気付いたのは、彰だった。
 同時に、最も行動が早かったのも。
 繭の手から落ちたあの猫は、観鈴と共にいたあの猫だ。
 ぼろぼろになったその猫が、今は観鈴に向けて毛を逆立て、唸っている。
 彼は振り向き、自らの持つ銃を観鈴に向けた。

『まずそれを何とかして助けようとは微塵も思わなかったわけ!?』
 そんな言葉をふと思い出した。
 神奈に囚われたスフィーと対峙した時にはなかった選択肢がある。
 だが彼は、それを捨てた。
 今更それが贖罪になるはずもない。本当に今更だ。

 彼は気付いていない。
 彼は確かに、鬼を自らの意志の檻に閉じこめてこそいるが。
 彼自身が既に、復讐者という名のそれになってしまったことを。

 そして、引き金を――



(少々浅はかであったか)
 ここまで生き残ってきた彼らを過小評価していたつもりはなかったが。
 それでも、完全にそれを払拭することはできていなかったのだろう。

 神奈はその力の一部を開放した。
 彼女の周りにいた者共々、鬼飼いを吹き飛ばす。銃弾は発射されない。
 咄嗟の行動故、その衝撃は彼らに致命の一撃を与えるには至らない。

 その隙に身を翻し、逃げる。
 浅はかではあったが、それなりの収穫はあった。
 禁呪の発動。
 恐らく、万全の体制を以て臨まねば返せない。
 それでも無傷では済むまいが、返せさえすれば致命傷にはならないだろう。
 ここで生き残り全員を一度に相手にするのは、得策とは言えない。
 追ってきた者を、各個撃破すればいい。
 そして禁呪さえ破れば、もう自分に絶対的な致命の一撃を与える手段はない。

 彼らを屠るのは、それからでも遅くは――



 神奈であろうその者の行動は、繭には理解不能だった。
 何故、危険を侵してまで観鈴を騙り、彼らの中に紛れていたのか?
 何故、今このタイミングで正体を明かしたのか?
 何故、不意打ちで多くの人間を屠るのではなく、逃げるのか?
 答えは見えない。が、やらなければならないことはある。

 何か見えない力に吹き飛ばされた、観鈴の周囲にいた者達。
 観鈴はすぐに自分達に背を向け、逃げ出した。
 彰は何とか立ち上がり、観鈴を追う。
 千鶴もまた、それを追うべく駆け出す。
 自分もそれに追随する。
 それが、無念の中で死んでいったであろう北川への――多くの人間への。
 せめてもの弔いになると信じて。

「その子のこと、お願い!」
 そのぼろぼろの猫を指しているということは、間違いなく伝わるだろう。
 繭は走りながら、後ろの七瀬に――



「千鶴さん!」
 懐かしい声。耕一の声だった。駆けながらふと見やる。
 耕一、梓、あゆ、マナ――皆吹き飛ばされこそしたが、無事のようだ。

 再び生きて会えたことを、彼と共に心より喜びたかった。
 楓と初音を失ってしまったことを、彼と共に心より悲しみたかった。
 だが今は。
 まだその時ではない。

 神は、私から。
 父と母を奪ったけれど。
 叔父を奪ったけれど。
 楓を、初音を奪ったけれど。

 私は罪なき人の命をも奪って生きているけれど。
 それでもなお、もう一度私を彼と会わせてくれるのなら。
 ちょっとだけ神を信じてもいい、と思った。
 そして千鶴は、あの刀を手に。
 あえて彼らの下で立ち止まらず、駆け抜け、そして――



 目指すは、観鈴。その姿形をした神奈。



【神奈、逃走】
【七瀬彰、柏木千鶴&椎名繭、逃走した神奈を即座に追う】

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