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うたかた。


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後続が追いつくまでに、どれ程の時間があるだろう?
僕は小さく息を吐きながら、昼と見間違おうかという程明るい空の下で、目の前に立つ少女を――
神尾観鈴の姿をしている――神奈備命を、真っ直ぐに見つめていた。
――真っ白な翼が生えていた。
何もかも呑み込んでしまうような感覚さえ、それにはする。
あの翼が、ヒトとヒトでないものを明確に区分する象徴であるからだろうか。

――どれだけの時間がある。
――あいつらが来る前に、終わらせる事は出来るだろうか?
「嫌な光だな」
僕は聞こえよがしに呟く。瞬間、確かに神奈備命は顔をしかめた。
――判るぜ。お前はこの光が嫌なんだ。この光に触れれば、多分お前は死んでしまうんだろうな。
「多分闇の下の方が似合うよ、お前は」
だが僕はすぐ、自分の確信を気付かれないようにするが如く、そう呟いた。
それを聞いた次の瞬間に、神奈のその表情に余裕が戻る。
安堵の色はそこには見えなかったが、それでも充分だ。
――今の言葉で、神奈はまだ僕が彼女の弱点に気付いていないのだ、と勘違いしただろう。
それがあの表情の正体だ。
それで僕の確信は深まった。あれの弱点は――あの光だ。
それは――神奈が、精神体となってここから逃げ出すのが不可能になったのだ、と云う事を意味している。
ならば。あの身体を殺せば――それですべてが終わりになる。
神尾観鈴の、身体を殺せば。



「お主にもそれは云えるのぉ。この光が嫌よの? 余と同じで」
神奈がふと、そんな言葉を僕に返してきた。その言葉には、穏やかさと激しさが同居しているように思える。
「ああ、嫌だな。折角夜の闇が僕の姿を隠してくれていたというのに」
肩を竦めて、僕は笑った。
「僕もね、光は嫌いなんだ。それに太陽も嫌いだ」
「余も、同じよ。気が合うの、余とおぬしは」
その笑みは――あまりに美しかった。
先程僅かに言葉を交わした少女、神尾観鈴の姿でくつくつと笑う、その姿が――禍々しい程、美しかった。
先程の彼女とは、まるで同一人物とは思えぬ程に。
(ココロがヒトを形作る、って云うのは本当だな)
そしてきっと今の僕も、あれと同じように映っているのだろう。
目的の為に、手段を選ばない――そんな悪鬼に。
「ああ」
けれど、喩え僕とあれが同じ種類の精神の持ち主だとしても。

「僕はお前が嫌いだ」
「余も、おぬしは好かぬよ。――悪鬼よ」

階段を駆け上がる音が次第に大きくなっていく。とは云っても、まだもう少し余裕はあるだろう。
このサブマシンガンであの肉体を殺せば、それですべてが仕舞いになる。
多分、刀を使うまでもない筈だ。
長かった戦いに終止符を打ち、初音の仇を取って――かつて日常があった場所へ、還る事になる。
僕は――右手に持ったサブマシンガンを、神尾観鈴の――神奈の脳髄に向けて、その引き金を引いた。
それが、始まりの合図となった。

パラララララララッ!

仕留めた、と思った。多少距離はあったが、この程度なら確実に脳髄を潰せる自信はあった。
だが、次の瞬間、その真っ白な羽根が大きく揺れた。
まるで本物の鳥のように美しく舞うその姿に、銃弾を放った直後の僕は一瞬呆然となる。
事実――ふわり、と彼女は僅かに中空に浮いていた。
まるで、天使のように。
その大きな羽根が――僕が放った弾丸から、彼女の肉体を護った事に気付くのに時間は要さない。
何だとッ――
「ふふ……なかなかの、意志の力。それ程に仇を撃ちたいのかの」
神奈備命は翼に包まれたまま、薄く笑う。まるで傷一つ負っていないではないか。
「黙れ」
一瞬呆然とした僕は、だが次の瞬間には駆け出した。
見たところ彼女は武器を持っていない筈だ。近づいて銃弾を放てば、今度こそあいつに傷を与えられる筈だ。
羽根が生えていようが、あの娘の身体自体は生身の人間のものである筈だから。
だからこそ羽根があの娘の身体を護ったのだ。

ヒュン――――――――――――――ッ。

刹那、思わず身を捩っていたのは。
矢のようなものが――彼女の手元から飛んでくるような錯覚を覚えたからだ。
掌をこちらに向け、微笑いながら何やらを呟いた姿。
そんなものは存在しない筈だ。まったく、何も見えなかったのだから。
振り返り後ろを見ても、何処にも矢が刺さったような後はない。
だが。
「今のは」
僕はごくりと唾を呑む。何もないのに、なかった筈なのに、今自分は殺されそうになった。
この感覚は。初めて体験する感覚、まさか、これは?



「今の攻撃をかわすか。――なかなかよの」
「魔法――?」
しかし、考えている暇はなかった。止まっていては話にならない。
僕は後ろに転がり、神奈との距離をある程度、取った。
その間にも次々にその見えない攻撃は、僕の身体を狙い、襲いかかってくる。

ヒュ――――――――――――ッン。

音を立て襲いかかる一つの真空が、僕の左腕の皮を薄く切り裂いた。
「今のも、かわすか」
僅かに血が零れるのを感じる。この衝撃が「かわした」程の攻撃力なのか?
「畜生っ」

見えないから、何処からどう襲いかかっているのかも判らない。
ただ、何かを切り裂くような音だけが――僕の耳に届く。
それを頼りに、僕は駆け回る。
あまり身体に体力が残っているわけでもない。
駆け回りながら、なんとかして早くあれに近付いて、この銃弾を次こそ叩き込まなければ。
切り傷が増えていくのを感じる。だが、致命傷はまだ一発もない。
充分に身体は動き続けられる。
つまりまだ「鎌鼬」に切られるような、そんな程度のダメージでしかない訳だ。

――距離は徐々に詰められていく。だが、この距離ではまだ遠すぎる。
だが、――勘と聴覚だけでかわし続けるには、この攻撃は早すぎる。

ヒュ――――――――――――ンッ。



「くぅっ――ッ!」
痛みが走る。多分、最初の直撃だった。
風を切り裂き、頬を切り裂く音。口が裂けたかと思うくらいの痛みがそこに走る。

(だが、こんな程度で、止まれるかッ)

僕はそれでも――止まらなかった。自分でも信じられない程の速度で身体が動く。
徐々に切り傷の数は増えなくなっている。距離は確実に近付いてきているのに、だ。
心臓の音が一つ聞こえた。乱れた呼吸の割に、心の臓は割合落ち着いている。
――これは、彼女がくれた血、だろうか?
攻撃を喰らわなくなっているのだ。かすり傷さえ負わなくなっているのだ。
更には、痛みさえも薄れていくような感覚を覚える。
殆ど神懸かり的な反射神経と聴覚で、僕は攻撃をかわし続けていた。

神奈備命が何かを呟いているのに気付く。気付く余裕さえ、僕にはあった。
その声が、彼女の攻撃に何か関係しているとは思えなかった。
何を云っているかも聞こえないが、その声に執着する余裕はない。
攻撃は止まないのだから。



一種の天才、よの――
音だけで攻撃をかわし続ける――完全に「鬼」が目覚めては、おるまいに。
その反射神経だけ取れば、柏木耕一よりも上かも知れぬの。
ならば。



ヒュ――――――――ヒュンッ――――――――ヒュンッ。

風切り音が次第に大きく聞こえてくる。自分の神経の殆どを、その耳に集中しているからだろうか?
全く信じられない、自分がこれ程の動きが出来るとは。運だろうが何だろうが、この距離なら。
神奈が何やら呟く様子があった。今度は、その声が聞こえた。
「――ならば――全力で行くぞ、鬼飼い」

ビュウウウウウ――――――――――――――――――ンッッッ!

激しい力の奔流。先程までとは比べものにならない程大きな力だった。
今度の力のカタチは――何の力も無い自分にも見えた。
凄まじい早さで数メートル先から飛んでくる、大きな、大きな、剣。
具現化されたそれが、自分の心臓目掛けて真っ直ぐ飛んでくるではないか。

だが。
「――――――――何だとッ」
俄かに、神奈の声が震えた。
その攻撃すらも、僕はかわしていたのだ。殆ど本能の赴くままに身体が動いている。
瞬時に身体を低くし、僕はその攻撃をやり過ごしていた。
「く――」
微かに見える狼狽の色。
僕はその隙を見逃さず、瞬時に神奈との距離を詰めた。
タンッ、と音を立て――神奈の目の前に、僕は立った。

僕は右手に持ったサブマシンガンを、目の前に立つ(浮かんでいる、と表現した方が正しいだろうか)、
神奈の脳天に、今度こそ外すまいと――向けた。


今の攻撃をかわしたのは大きい。
精神的にも、それに相手の体力的にもそれは見て取れる。

だが――この距離にあっても。あの渾身の一撃をかわしたのにも関わらず。

神奈備命の表情からは、余裕が消えなかった。
先程見せた瞬間的な狼狽も、今はもうない。
「これだけ攻撃して、直撃が一発しかないとはの。あの渾身の一撃をかわしたのも信じられぬ。
 ――流石に鬼の血よの。柏木初音の血を屠って生き延びた身体よ」
神奈はそんな言葉を吐いた。
走り回り、更に神経を集中し続けた為に疲れ切っていた僕の脳は、そんな挑発の言葉にすら冷静さを失わせられてしまう。
「黙れッ」
だが、その言葉が。
神奈の言葉が「挑発」を意味しているのではない事に気付くのに、それ程の時間はかからなかった。

「引き金が、引けるのかの?」
呆然としてしまったのは、何故か。
真っ白な翼が、一つ、大きく揺れた。

「おぬしは、今度も引くのかの? 七瀬彰」
僕の名前を初めて呼んだ神奈備命は。
多少疲れた貌をしているように見えたが、
それでも、その声の深遠性は、変わっていなかった。




「――のう? 七瀬彰」
引き金を引け、七瀬彰! この女の言葉に惑わされるな!
この女が幻惑しようとしているだけだ、すべてを終わらせる為には引くしかないんだ。
神尾さんだって、判ってくれる筈だ。ここで殺さなければ、皆死んでしまうんだ。
今が最大のチャンスだッ! そして下手をしたら、最後のチャンスだ!
この距離なら、彼女の脳天を打ち抜けるッ!

「共に還ろうと、生き残ってきた女の身体を壊すのか?」
「――――――――――――――――、――お前を殺す為だッ」

それが僕が一瞬、本当に一瞬だけ覚えた躊躇だった。
まだ僕が、昔のままの僕らしくあった、一瞬。


――――――自分のやったことは間違ってないって言いたいだけなんじゃないの!?


観月マナの言葉が浮かぶ。そう、間違ってないと思いたいだけだったんだ。
だけどね。
その一瞬の後に、僕は引き金に指をかけた。
何かを正しいと信じなければ、どうしてヒトが生きていけるって云うんだい?

僕は引き金に指を充て、



階段を登り切った柏木千鶴と柏木梓、椎名繭、そして、柏木耕一は――三つのものを、見た。
本来闇に包まれている筈の、だが事実として、白い光に包まれている森の前で闘う、
真っ白な翼の生えた少女――神尾観鈴であり、神奈備命であるその存在と、
その少女の脳天に銃口を向けて立ち尽くす、七瀬彰の姿と、

――――――――中空に浮かぶ、巨大な剣。

無防備な彰の背中にその刃先は向けられている。何かに宙づりにされているように、それは見える。
そして、彰が銃の引き金に指をかけた瞬間。
それは、俄かに速度を持って、彰の背中に向けて――

「彰ァァァァッ! よけろォォ!」

耕一は繭を背負ったまま叫び――千鶴と梓は、二人が対峙している方向へ駆け出す。
もっと云えば、剣を止めようとするが為に、走った。
けれど。それは余りに遅すぎた。
その声に、彰は振り向いて。
その次の瞬間には。

その巨大な刃は、彰の心臓の少し上――左腕の付け根にぐさりと刺さり、
彰の大きな絶叫が聞こえたかと思うと、その剣は小刻みに動き出して。
彰の肩を抉り取ろうとせんが如くに動き、
そのまま、そのしなやかな腕を、ねじり切った。

「彰くんッ――――――――!」
千鶴の悲鳴が、果てしなく大きく聞こえた。

その表情が長い髪に隠されて良く見えないけれど、
真っ赤な血が、身体を染めていく様子が見えてしまった。
左胸の辺りから流れ出す、夥しい、血。
夥しい、夥しい、血。
きっと、もう。もう、助からない。
それ程の、傷。
七瀬彰は何か呟こうとしている、
――だが、結局声にはならないまま、大地に突っ伏した。



力が、欲しい。
喩え間違っていても、自分の事を信じ抜ける、力が。
僕の為に、皆を殺させる訳にはいかない。
もう一度だけ、チャンスをくれ。
神様でも悪魔でも良い、から――。

彼らに伝えねば、弱点は、あの光であると云う事。
けれど、口が動かない、身体が動かない、すべてが、動かな



「まず、若い鬼が一人、死んだようだの。次は――誰かの?」

神奈備命は、その真っ白な翼を翻し、一つ大きく深呼吸をする。
そして、倒れた七瀬彰の傍らに落ちていたサブマシンガンと、彰の身体に刺さった剣を拾うと。
立ち尽くす千鶴と梓を一瞥し、

――――――薄く、笑った。



【七瀬彰            ――――――左腕をちぎり取られ、出血多量で倒れる。
                   殆ど死亡同然ですが、取り敢えずまだ生きてます】
【柏木耕一 柏木千鶴 柏木梓 椎名繭          ――――――神奈備命と対峙】
【他のみなさん                  ――――――次の方にお任せします】
【神奈備命in神尾観鈴 ――――――彰撃破、落ちていた武器を手に取り、千鶴・梓と対峙】

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