×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

恐慌を制すもの


[Return Index]

「むかつく猫ね! あたしが何したってのよ!?」
「もう、いじめちゃだめだよ!」
階段を上りながら、七瀬とあゆが果てしなく口論している。
再び始まった頭痛と幻聴を忘れるには、このやかましさも悪くない。

「晴香さん? なんだかつらそうよ?」
「ああ-----ちょっと、ね」
何故だか刀を握り締める手に、力がはいる。
この調子で銃なんか持った日には、誤射してしまいそうだ。
アタシは用心のために右手の銃を鞄にしまうと、刀に持ち替えることにした。

「……晴香さん?」
「いや、なんでもないんだって」
無理に苦笑して誤魔化す。また七瀬に、頭の心配をされたくはないからだ。

それでもマナは、そばを離れようとはしない。
(こうべたべたされるのも、困ったもんね……)
そう思うと、本当に苦笑できた。

「そうだ! 解ったわ!!」
「うわあ! 七瀬さん、突然大声出さないでよ!」
七瀬がガッツポーズをして叫び、あゆがびびって飛び退いた。
「みゅーみゅー言ってれば懐くかもしれないわ!」
「うぐぅ……絶対、懐かないと思う…」

 ……呆れて笑う事だって、できた。



無数の光の雨の中、冷えた笑いを浮かべる神奈に向かい、千鶴は問い掛けた。

「……神奈備命。
 あなたは何を-----考えているの?」
「何を、とは?」
間違いなく疑問に思ってはいるが、この会話自体に意味は無いのかもしれない。
長引く対峙の時が、梓を側面へ移動させ、耕一たちを接近させている。
「何故、殺すの?」
「必要だからじゃ」
「-----ここで殺す事が、ですか?」
「否。いま、殺す事がじゃ」

 タタタ!タタタ!
   パラララララララッ!

神奈が言い終えぬうちに、梓がサブマシンガンの引き金を引いた。
その姿を確認することさえせずに、神奈はひらりと身をかわし千鶴に向けて発砲する。
梓が銃撃した方向へと千鶴は飛び退く。
「好き勝手できると思うなよっ!」
神奈の追い撃ちを、梓の放った銃弾が阻害した。
「-----ふん」
苛立たしそうに鼻を鳴らすと、羽根を一振りして音もなく弾丸を停止させる。
軽い金属音を響かせ落ちた無数の弾丸には、命中を示す変容はひとつもなかった。

「…見事な連携よの。血族とは、良いものじゃな……」
何か寂しげな影を落としながらも、じろりと梓を、そして千鶴を睨みつける。
「じゃが余にも、眷属ならば-----居ないでも、ない」
中空を見つめるように、神奈は呟いた。

しかしその意味するところを、千鶴たちは知らない。



軽く腹を押さえてみる。不思議なことに-----痛みはほとんど、感じない。
なんだか自分の身体じゃないみたいに、痛みが遮断されている。
『余のもとへ……』
(誰よ、アンタ)
『我が名は、神奈備命……』
(カンナビノ……?)
何故だかその名を聞いたとき、冷や汗が出た。

 -----まずい。もしも、この痛みが完全に消えたなら。
 アタシは…アタシで居られなくなるのではないだろうか。

だらだらと嫌な汗をかきながら、わき腹を叩いた。
そうでもしなければ、この傷を忘れてしまいそうだった。
「-----痛ッ!」
「晴香さん!? 何をして-----」
この傷を。
この傷の、痛みを。

「晴香さん!聞いてま-----」
なんでもない、聞こえない。
だから、べたべたするんじゃない。
「晴香さ-----」
「-----うるさいっ!」

アタシは叫び、刀が一閃した。
一瞬遅れて、血が飛び散った。
「マナさんっ!?」
「は-----晴香!?」
七瀬とあゆが振り向くと同時に、アタシが袈裟斬りにしたマナが、血飛沫をあげて倒れた。

「な……何やってんのよ、晴香!?」
「ななせ…」
マナは気絶したようだ-----だけど、どうしてアタシはこんなことを?
それに腹の傷は、どうしたんだろう?
問い続けるアタシとは別に、七瀬に突進するアタシが居る。
「猫と子供は、すっこんでなさいっ!」
あゆを突き飛ばし、七瀬は小銃を構えようとする。
しかし引き金を引く状態になる前に、アタシは切り込んだ。

 バキャッ!

非金属の軽い物音と共に、七瀬の小銃が転がる。
返す刀で七瀬を-----

 ガキン!

-----その一撃は、七瀬の刀の柄で止まった。
「晴香……どうしちゃったっていうのよ…」
そうだ、アタシは何をしていたんだろう?
腹だ。
腹の傷が-----痛い、はずだ。

 ガキッ、ガキン!

二人して旋風のように刀を振るう。アタシは激しく体を入れ替えて、あゆの銃撃を封じる。
こうしていれば、七瀬はすぐに脚にくるだろう。何故なら怪我を、しているはずだから。

そうだ、怪我だ。きっと怪我が、痛むんだ。
だから七瀬は、泣いているんだ。



(千鶴姉-----)
(梓-----)
二人は目で頷きあう。現在、神奈は銃に頼っている。彰を倒したような、剣を飛ばす技は消耗が激しいのだろう。
おそらく手持ちの銃の弾丸が尽きるまでは、それに頼るはずだ。そしてここにいる三人は防弾服を着ているし、
神奈はそれを知らない。ならば頭部さえ守ればダメージを受けることはあっても、接近は不可能ではない。

 千鶴が一太刀いれれば、勝負は決まる。
 接近し、あの剣をかわせれば-----勝ちだ。

 タタタ!タタタ!タタタ!

「神奈あぁ!」
叫んで梓が突進する。
もちろん、これは囮だ。梓にとって接近する利点はない。
対応するため振り向いた神奈に向かい、千鶴が背後に回りこむ。
足音はHMGUのセミオート連射音に掻き消されており、容易に距離を詰めて行く。

(-----やったか!?)
繭をおろし、遅れている耕一は銃を構えながら接近しつつも、戦いの行方を瞬きひとつせず注視していた。

しかし、相手は常識の通じる相手ではない。ここぞという時には、固有の能力を惜しげもなく発揮するのだ。
羽根が揺れ、弾丸を全て無効化すると同時に振り向き、知っていたかのように千鶴を正面に見据える。
手に持った剣が、神奈の右手の動きに従い、意志を持って飛び出すように神奈の背後に回る。
「-----なっ!?」
剣は宙を舞い、梓の太腿のあたりをざっくりと切りつけた。僅かに遅れたとは言え、剣の旋回速度は視認すら
怪しいほどで、梓でなければ両の脚を切断されていたかもしれない。
剣はそのまま速度を増し、軌道上に入り込んだ千鶴に襲いかかった。

「鬼よ滅せい!」
「ふっ!」
短い気合いの言葉を重ねあい、二人の刃が激しい音をたててぶつかり合う。
剣に質量があるのかどうかは、判らない。しかしその大きさに見合った威力を発揮して、千鶴を転倒させる。
「しょせんは小細工よの!!」
そのまま余った左手を無造作に梓へ向け、ずどんと回廊に衝撃波を響かせて梓を吹き飛ばす。
彰のところまで転がった梓を放置し、迷うことなく千鶴へ右手を上げる神奈。
「死ぬがよい!」

 ズドン!

千鶴への攻撃を阻止したのは、横からの発砲。やはり羽根がそれを叩き落したのだが、一部がすりぬけている。
ベネリM3の散弾が、神奈の-----いや、観鈴の手に数発埋っていた。
「-----人間の小細工だって、捨てたもんじゃないだろう?」
耕一が歯を食いしばりながらも、笑みを浮かべて言い捨てる。対する神奈は不快そうに一瞥をくれると、滴る血を
払うように腕を振り下ろした。するとめり込んだはずの散弾が軽い金属音とともに床を転り、傷が塞がったのだ。
「……な…何だって!?」
呆然とする耕一。
無言で立ち上がる千鶴。

(-----耕一さん)
誰しも忘れていた繭が、耕一の背に隠れるようにして問いかける。
(なんだい?)
(観鈴さんを救うことは-----可能だと、思いますか)
短い沈黙の後、首を横に振る。
(助けたいけど-----今では殺すどころか、生き残ることすら-----できるかどうか、怪しいね)

 (いえ、それなら-----観鈴さんごとなら-----可能なんです)
 自信に裏打ちされているのだろう、あまりの直接的な物言いに耕一は驚き、振り向いた。
 そして繭の手に見たものは。見慣れぬ、銃のようなものだった。



「晴-----……!!」
七瀬が何かを叫んでいるが、もう聞こえはしない。
斬撃を弾いて一歩踏み込み、刀を水平に構え身を沈める。
七瀬が弾かれた軌道を修正して、再び切り込んでくるのは解っていた。
だから修正中の浮いた腕を、刀を放した右手の肘で軽く押し込む。
同時に左手で刀を引く。
「……!?」
七瀬の叫びは、やはり聞こえない。
この一手で胴が、がら空きになった。
残る左手の刀による突きが-----王手に繋がる、決定打だ。

 『ズドン!』

そのとき、音が聞こえた。
ここにはないはずの、口径の大きな銃声が脳裏に響き渡る。

 『-----人間の小細工だって、捨てたもんじゃないだろう?』

ここにはいないはずの、耕一さんの声だ。
アタシは、何をしていたんだろう?
アタシは-----

「七瀬さん!!」

-----これは、あゆの叫びだ。
そして目の前の、七瀬の胴に-----アタシの切っ先が-----

 すとん

-----貫通した。

…鳩尾に吸い込まれそうな刃を、最後の瞬間に修正することができた。
ちょうどアタシの傷と、寸分違わず同じところ。
刀は音もなく、貫通していた。

「七瀬……アタシ……」
「晴香…正気に、戻ったのね……」
七瀬は泣きながら、強張った笑みを浮かべた。

反射的にだろうか、アタシも同じことをした。
同じこと。
つまり強張った笑みを浮かべながら-----

「……ごめん」
「いいよ…これで借りは、返したからね……」
「あはは……バカね」

-----アタシは、泣いていた。

 悲しいからではない。
 もちろん、痛いからでもない。

 誰も殺さずに済んだのが、嬉しかったからだ。



【彰 梓の近くで瀕死のまま】
【梓 脚を負傷】
【耕一 背後に繭を隠して密談】
【繭 手にした銃は……】
【千鶴 再び切り込むチャンスを狙い中】

【マナ 袈裟斬りにされて気絶】
【七瀬 腹部貫通傷】
【晴香 一度は傾きかけるも耕一の邪魔により人格復帰】
【あゆ うぐぅ……ボクが三人運ぶの?】

[←Before Page] [Next Page→]