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小細工、そして


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「胃の中に爆弾があったでしょう? これは、向けた先にある胃内爆弾を誘爆
させる装置なんです。彼女の身体にはまだ爆弾が残ってたはずです。私が――
やります」
「いいのか? 本当に」
「私が――やらなくちゃいけないんです」
 繭の覚悟を受け止めた耕一は、その決意に応えるべきだと判断した。
「……俺は千鶴さんの援護のフリをして囮になる。繭ちゃんは隙を狙ってそれ
を使うんだ」

 耕一や千鶴の攻め手をいなしていた神奈ではあったが。
 おおよその手は読めていた。
(これ以上油断するわけにもいくまい)
 小細工。
 少なくともそれは、今までは致命的ではなかった。だが、既に相手がこの女
――観鈴を助けることを諦めていたとすれば、次も無事で済む保証はない。
(本命は――どれじゃ?)
 耕一ではない。彼は千鶴の援護に徹している――フリをしている。本命では
ない。
 千鶴でもない。知る限りでは、唯一自分に有効な武器を持ってはいるが――
耕一が彼女の援護のフリをしている以上、千鶴本人が自覚しているいないには
関わらず、本命ではないはずだ。
 梓でもない。彼女には有効な攻め手も、何かを企む様子もない。
 もはや死体と変わらぬ彰でもない。
 そして最後の一人。
 繭が自分に向け、何かの狙いを定めようとしているのが分かった。



(お主か!)
 防ぎきれなかった耕一の散弾が、再びいくつか腕にめり込み。
 千鶴の刀が、片翼を僅かに傷つけはしたが。
 神奈が向けたサブマシンガンの銃弾は、確かに繭へと届く。彼女は、最後の
切り札を取り落として後方に倒れた。

 自分に肉迫していた千鶴を、多少傷ついてしまった翼で吹き飛ばす。
 そして、返す翼で耕一と、足を怪我して動けないはずの梓をも薙いだ。二人
とも千鶴同様、思いっきり壁に叩きつけられる。
 もう油断をするつもりはない。動ける相手を放っておくつもりはない。
 手を振る。弾が床に跳ね、金属音が響く。既に傷は治っていた。
 ただし、刀によって付けられた翼の傷はすぐには治らない。
「またよからぬ企みをしておったようじゃが、二度三度は通じぬぞ?」
 ここまで持っていけば、恐らく皆殺しにするのは簡単だろう。だが、どうせ
ならできるだけ多くの苦痛と絶望を――

「――本当に、これで終わりだと思っているんですか?」
 ただ一人起きあがったのは、千鶴。
「なるほど。お主のこと、失念しておったわ」
「そのまま失念してくださってても構わなかったんですけどね」



 柏木千鶴。その冷徹なる鬼が持つ、刀。
「意地でも余を斬るのじゃろうな。この女の身体ごと」
「何を今更」
 そう。罪無き人をも既に殺している自分にとっては、愚問でしかない。
 端的に答え、神奈との間合いを一気に詰めた。
 即座に反撃することは難しい、と判断したのだろうか。銃弾をも弾き返して
しまうその翼を以て、自らの身を守る神奈。確かに普通の武器ならば太刀打ち
できないだろう。だがこの太刀は、普通の武器ではない。
 貫き通せる。
 その確信は絶対だった。そして事実となった。
(やった――?)
 間違いない。二枚の翼を貫いて、確かに神奈に刀は届いて――

 ――簡単過ぎる?――

 ――翼は弾け、周囲に真白き羽を散らした。
 その先には何もない。
 何を意味しているのか。フェイク――
「余の、勝ちじゃな」
 神奈は千鶴の背に当てた手に、意識を集め。
 そして開放した。
 千鶴は背後の神奈を睨み付けようとして――その場に崩れ落ちた。
「確かに、真っ向からの勝負を受ければ余とて危うかったかもしれぬ。ならば
こういう手もある、ということじゃ。ぬしらから教えられたことじゃな」



 神奈が贄に選んだのは、繭だった。彼女の下へと歩み寄る。
 近くに落ちていたそれ――繭が構えていた機械を、踏み潰し。
「これで希望は潰えたかの?」
 銃弾の何発かは、繭の左腕を捉えていた。確実に、痛みと苦しみを与える。
 その左腕に、足を乗せた。そして体重をかける。
「あ、うあ、ああ!」
 痛み、苦しみ、のたうち回る彼女。
 ようやっと足をどけたかと思えば、今度は無造作に腹を蹴る。
 繭は胃の中のもの全てを吐き出した。
 より一層の痛みと、より一層の苦しみと、より一層の憎しみと。
(畜生、こんな状況で身体が動かないってのか――!)
 かろうじて意識を保っていた耕一ではあったが、身体を動かすことはできず。
 耕一、千鶴、梓――皆、動けない。誰もそれを止められない。
 その事態を覆したのは、誰も――恐らく本人すらも――予想し得なかった者
だった。

「おああああああああああああ!」
「な――」
 死んだはず――あるいは明らかに死へ向かっている人間のものとは思えない
咆哮を聞き、驚愕する神奈。それは隙としては充分すぎる間だった。
 かつて彰であった者は、神奈の傷ついた片翼を右腕で掴んで、とんでもない
勢いで放り投げた。既に腕のない左肩から、更に血が吹き出る。何が半死半生
の彼を突き動かしているかは分からない。しかし、彼は止まらなかった。今の
神奈の状態――観鈴の身体を持つ状態では、あの光に過大な効果を求めること
はできないからだ。
 彼は確実に死にながら、放り投げた神奈を追った。光満ちつつある森へと。



 千鶴はただ、廊下の天井を見ていた。自分の生が少しずつ失われているのか、
それとも自分の死が確実に大きくなっているのか。そのどちらか、いやどちら
もなのだろうか。
 繭はどうなった? 泣き叫ぶ声はもう聞こえない。
 ふと、自分が抱き上げられる感触に驚いた。目に映るその顔にも。
「繭ちゃん――は?」
 自分を覗き込む顔――それは耕一の顔だった。
 かろうじて動けたのは耕一と梓のみ。神奈と、そして彰のことは気になるが、
その前にやらなければならないことがある。
「大丈夫――とは言い難い。神奈に左腕を撃たれたんだ。でも梓が止血してる
とこだよ。気絶はしてるけど、命に別状はないと思う」
 梓は、自分の足の治療と。繭の治療を。
 そして耕一は、千鶴の治療を試みようとしていたわけだが。
「そう――よかった――」
 この状況では、手の施しようがない。むしろ即死でなかっただけでも奇跡だ。
「こっちの止血の方、終わったよ。目が覚めるまで、しばらく時間かかるかも
しれないけど。千鶴姉の方は――」
「…………」
 耕一の無言の答えを以て、梓も察したようだった。
「千鶴姉!? そんな、そんな――」
 彼女もまた千鶴の下へと駆け寄る。怪我した足を引きずり、涙を浮かべて。

 ああ、そうだ。私は何と果報者なのだろう。
 罪を重ねて生きてきた私に。
 最期を看取ってくれる人が、泣いてくれる人がいる。
 ならば、私は伝えよう。



「梓」
 決して力強くはないが、その言葉には聞く者を引き寄せるだけの力があった。
「結局――私は背負いきれなかったみたい――ごめんなさいね――あのね――
あゆちゃん――帰る場所がないって――だから全てを終わらせて帰ったら――
私達と一緒に暮らそうって――約束したの――料理とか――いろいろと教えて
あげて――」
「うん、うん――」
 ただただ、千鶴の言に頷く梓。

「耕一さん」
 そして今度は、耕一の方を向き。
「梓のことと――それに鶴来屋のこと――お願いします――足立さんを頼れば
――きっと大丈夫――本当は――耕一さんの生き方を縛りたくはなかったけど
――私の父や母が――あなたのお父様が――必死になって守り抜いてきたもの
だから――」
「分かった」
「それと――この刀を――」
 精一杯の力を振り絞って、耕一に刀を差し出す。
「これで――神奈を――斬ってください――できれば神奈だけを――ふふ――
自分にはできないことを――人には押しつけようなんて――本当に嫌な女です
ね――私――」
 自嘲に満ちたその笑み。耕一は刀を確かに受け取って。
「分かった。絶対にそうする」
 彼女の笑みから、自らを嘲る色は消えた。安らかな笑み。目を閉じて。
「――ありがとう」
 それが、千鶴の最期の言葉だった。



「……千鶴姉?」
 最初に口を開いたのは、梓だった。
「千鶴姉? 千鶴姉ってば!」
 そして最も理解に時間を要したのは、梓だった。
「千鶴姉ぇーーーーーー!」
 千鶴の身体に抱きついて泣き叫ぶ梓。耕一は、そんな梓に千鶴の亡骸を預け。
 託された刀を手に、立ち上がった。

 何が彰を突き動かしているのかは分からない。既に人としての限界は超えて
いるはずだ。だが、たとえ彼が何にすがっていたとしても、自らの死に抗って
まで――否、自らの死を進行させてまで取ったその行動には、必ず意味がある。
絶対にそうだ。

(とりあえず、千鶴さんのために泣くのは梓に任せよう)
 約束を果たしてからでなければ、自分は彼女のためには泣けはしまい。

 鬼の王、耕一は。
 約束を果たすために。
 神奈と彰であった者が消えた、光満ちあふれる森へと向かった。

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