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おねえさん。


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「ひっく、ひっく」

涙が止まらない。止めなきゃいけないのに止まらない。
泣く暇があったら、立ちあがらなきゃいけない。
立って、それから耕一を追いかけて、一緒に戦って。

それにはまず、自分が抱きしめているものを、手放さなきゃいけない。
……だんだんと冷たくなっていく、物言わぬ姉。

閉じられた瞼、こびりついた血、安らかな顔。
それを見てしまい、再び瞳から涙があふれ出す。

――梓の前には、いつも千鶴がいた。
――楓も初音も、確かに大切な家族だったけど。
――千鶴だけは、特別だった。
――喧嘩相手で、遊び相手で、相談相手で、ついでにいつも苦労をかける姉だったけど。
――それは、彼女の、憧れで。

「嫌だよ……あたし、千鶴姉ぇと離れたくないよ……」

自分の体温を、少しでも千鶴に分け与えるように。
自分の涙が、少しでも千鶴の血を増やすように。
そんな子供じみた、無意味な足掻きを自覚しながら。
梓はただ、ぎゅっ……と千鶴の身体を抱きしめるのだった。



「うぐぅ、うぐぅ」

涙が止まらない。なんだかすごく理不尽で止まらない。
泣く暇があったら、運ばなきゃいけない。
運んで、それから物陰に隠れて、精一杯応援して。

「ぶるぶるぶるっ、だめだよっ! 私も戦わないとっ!」

思わず頭をよぎった弱気な考えに、精一杯の否定を示すあゆ。
そんな彼女に、彼女の右側から声がかけられる。
「ねぇ、私たちは置いていってもいいのよ?」
あゆにもたれかかるような形でそう言うのは晴香。
だがしかし、あゆはぶんぶんと頭を振ってその提案を拒否する。
「だめだよっ! 絶対、みんな一緒に行くんだよっ!」
そして再び涙目になりながら、ずりずりと足を引きずって前に進む。

あゆは、背中にマナを背負っていた。
そして右肩に晴香を、左肩に七瀬を支え、そして通路を進んでいる。



「うぐぅ、うぐぅ、うぐぅ、うぐぅ……」

汗と涙と鼻水を流しながらただ歩き続けるその様子には、さすがに七瀬も口を挟む。
「あのさ、あたしたちだったらもう大丈夫だから、ほら……」
とても大丈夫じゃない表情でそう言うのは七瀬。
だがしかし、あゆはぶんぶんと頭を振ってその提案を拒否する。
「だめだよっ! いま無理したら、怪我がもっと酷くなるよっ!」
七瀬に施された止血も、あくまで最低限のものだ。
無理をすれば、途端に大量に出血してしまうだろう。

あゆは、首からバッグを提げていた。
中には猫が一匹、じたばたばたと暴れている。

「うぐぅ……出口はまだなのー? ……梓さぁ〜ん! 千鶴さぁ〜ん!」
終点の見えない通路に、思わず先に行ってしまったはずの二人を呼んでしまうあゆ。
だが、彼女が思っていたよりもずっと出口は近づいていたのだ。



「……さぁ〜ん!」
その声が、耳に届いた。頭に響く。声がする。
泣いて、泣いて、目を閉じて、泣いて、思い出を振り返って。
ただ、ゆっくりと目を開けて、涙を拭いて。そして下を見た。

「千鶴姉ぇ」

そこには、さっきまで恐れていた顔がある。
出来ればずっと、逃げていたかった現実がある。
その安らかな顔を見て、梓はゆっくりと千鶴から身体を離した。
べりべりと、固まった血で貼りついていた部分が剥がれていく。

それは、未練。

想いを断ち切るように、梓はそのままゆっくりと立ち上がる。
通路の端に、千鶴の体を優しく横たえて。

「……気は、済みましたか?」



繭が起きていた。痛みで目が覚めたのだろうか。
たとえ止血したとはいえ、左手にはまだ激痛が走っているだろう。
それでも、彼女はまだ生きている。そして立って、歩いている。

梓は頷いて、そして聴いてみた。

「ねぇ……あたし今、泣いてないよね?」

繭は頷いて、そして言ってみた。

「はい。血にまみれてひどい顔ですけど……泣いてはいません」

よしっ、と満足したように頷くと、梓は繭に告げた。
「あゆがすぐそこまで来てる。あっちは怪我人を抱えてるから……あたしはそれを迎えにいく」
「……はい」
「繭は、出入り口のところから森を見て……どの辺で闘いが続いてるのかを、確認してて」
「わかりました」
繭が頷くのを見て、痛む足に鞭を打つように、通路を奥に駆けていく梓。

「すぐに、戻るから!」

そう言って。

「千鶴姉ぇ……約束は、きっと守るから!」

その姿は、すぐに闇に溶けて見えなくなる。



「いいな……おねえさん……かぁ」
その後ろ姿に、彼女を背にかばった真琴の姿をだぶらせながら。
繭は呟いた。
年相応の、わがままを。

一筋の雫を、瞳からこぼしつつ。



「あゆーっ!」
「あ、梓さぁんっ!」

いくつか通路の角を曲がって、そこで梓が見たものは。

「だから、無理しないでって言ったでしょ……」
「ごめん……また、傷口開いたみたい……」

三人に押しつぶされるような形で転んだ、あゆの姿だった。


【梓 あゆと合流して怪我人運搬】
【繭 入り口から外を見る偵察要員】
【マナ まだ気絶中】
【晴香 転倒による影響は微小】
【七瀬 転倒により腹部の刀傷再出血】
【あゆ 鼻にダメージ】
【ぴろ うぐぅプレスの下敷き】

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