涙を拭いて
「みゅー……」
繭によって不意に服を引っ張られ、七瀬はその足を止めた。
「ん? どうしたの?」
繭の視線を追う。
そこには、一匹の猫がいた。
さらにその先には、黒い羽と白い羽。
一対の羽を見つめるかのように、ボロボロの猫はその場にたたずんでいた。
「……ったく、しょうがないわね」
そういえば、さっきは散々引っ掻かれたりもしたが。
今はきっと、大丈夫だろう。
七瀬は猫を後ろから抱え上げた。
先程の散々の悪態がまるで嘘かのように、猫はじっとしている。
ただし、あくまで羽からは目を逸らさない。
不意に風邪が吹き、羽が舞った。
二枚の羽は風に舞いつつも、決して離れはしない。
淡い光の中、ただひたすらに高みを目指し、舞い上がってゆく。
猫も、繭も、七瀬も、空へと消える羽を見上げていた。
光と闇の合間に羽を見失って。
七瀬は視線を手元の猫に戻す。
(泣いてる?)
もう見えなくなった羽をどこまでも追おうと、空を見上げる猫の顔。
猫の泣き顔など分かるはずもない。しかし、七瀬には何となくそう思えた。
猫の頭を撫で――らしくないとは思いつつも――声を掛けてみる。
「泣きたい時は泣いた方がいいわよ」
その猫に向けての言葉なのだろうか?
生き残った皆に向けての言葉なのだろうか?
それとも――自分自身に向けての言葉なのだろうか?
結局は、そのどれもなのだろう。
泣きたい時は、泣けばいい。
泣いて、泣いて、散々泣いて――泣き終えたあとに立ち上がることができる
なら、泣くことは決して悪いことではないはずだ。
ふと、何かに気付いて後ろを振り返ってみると。
「晴香?」
「な、何?」
いつからいたのかは知らないが、そこには晴香が立っていた。彼女もまた、
あの二枚の羽の行く末を見届けていたのだろうか?
「これ、お願い」
七瀬は、抱えていた猫を晴香に差し出す。
いきなりのことで少々面食らいつつも、晴香は猫を受け取った。ぎこちない
手つきではあったが、何とか七瀬がしていたように猫を胸に抱える。
一方の七瀬は、晴香や繭に背を向けて。
空いた手で、黄色いリボンを取り出した。
浩平から漢の約束と共に受け取った、瑞佳のリボン。
それを握りしめ、彼女は目を閉じる。
自然と、一筋の涙が流れた。
(今のあたしには、これで十分)
続きは、漢の約束を果たし終えてからにしよう。
七瀬はリボンを仕舞い、涙を拭いて、そして目を開けた。