通夜
「いや、まあ、そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど……」
少々申し訳なさそうに、耕一は答える。
「……俺、大学辞めるつもりだから意味ないぞ」
「へ?」
梓の素っ頓狂な声を聞いて、何となしに小気味よい満足を覚えた。
帰ってきてからいろいろとあったのに加え、身体も満身創痍としか言えない
状態だったため、この柏木の屋敷に留まり大学の方には全く顔を出していない。
(足立さんは、大学はちゃんと卒業した方がいいって言ってたけど……)
意味もなく大学に通う以上に、自分が本当に為したいことがある。それだけ
の重みを持った約束だった。こちらの熱意を感じ取ったからこそ、最終的には
折れ、自分の希望を受け入れたのだろう。
今はまだ機を見ている状態だが、耕一は近いうちに鶴来屋に就職し、下積み
を重ねることになっている。
「いや、俺がいなくてもどうしてもうちの大学に来たいって言うなら止めない
けど、正直あまりお勧めできないな。しがない三流大学だし――それに、ここ
から通える大学じゃないしね」
「うぐぅ……」
あゆが不服そうな唸り声を漏らすが、仕方のないことだった。
仮に自分が大学を辞めなかったとしても、この屋敷を――多くの思い出と、
想いとが詰まっているこの屋敷を、もぬけのからにしてしまうわけにもいく
まい。誰もいなくなった家は、抱えたものを道連れに死んでいってしまうの
だから。
「それより二人とも、準備の方は大丈夫なのか?」
ふと思い出して、告げる。
二人とも、料理の支度中だったはずだ。
大量の――具体的には、七人と一匹分もの。
「あ、そういえば――」
「あーっ! ボク、お鍋を火に掛けっぱなしだよ!」
そんな叫び声を皮切りに、二人とも慌てて台所に戻った。
誰もいなくなってしまった縁側――背後からは梓とあゆの騒々しいやりとり
が聞こえる――で、耕一は物思いに耽っていた。
脱出直後の混乱の中ではあったが、皆にこの屋敷の場所を教え、日時を決め、
再会の約束をしていた。
あゆが千鶴から聞いていた、通夜を行うために。
ただ、耕一は懸念していた。
『あなたが死んでとっても悲しいけど』
もしかしたら、誰も来ないのではなかろうか?
あの悪夢のような出来事を、誰もが背負って生きていけるとは限らない。
それを捨て、忘れようとして生きていくことを、非難することはできない。
『私達はあなた達の死を無駄にせず、元気に生きていくことができますよ』
自分も、それを背負って生きていくのは辛い。
梓やあゆも、同様に辛い思いをしているのだろう。
それでも必死に、元気に生きている。
『私達はしっかり生きていきますよ』
約束の時間には随分と早いような気がするが――
――呼び鈴が、鳴った。