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君の望む日常


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――キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン……

 校内に間抜けな鐘の音が響きわたる。本日の授業の終りを告げる鐘の音。
 まもなくいつものように、私の眼下に広がる校庭に人が溢れ出してくるだろう。
「ごめん〜。私今日掃除当番なの」
「んもう、しょうがないなあ。先、行ってるよ」
 本日最後の眠たい授業も終り、教室にも活気が戻って来た。いつもと変わらない光景。
 そんな中、私は何をするでもなくただぼうっと校庭を眺めていた。

――「なに乙女のふりして悦に入ってんだよ」

 いつも私にそう言ってちょっかいを出していた彼は今はいない。
 私は少し振り返ってみる。そこには誰も座っていない机が2つ。
 今年もまた、同じクラスになり腐れ縁だどうだと言い合っていた友人と親友の席。

――「あんたたち、席がこうも隣り合うなんてやっぱ夫婦の絆は偉大ね」
――「なっ……七瀬!!、それはどういう……」
――「夫婦だなんて違うよ〜。浩平にはね、私なんかよりもっとしっかりした人の方がお似合
―― いなんだよ」

 前学年の席変えから通算で3連続隣り合った瑞佳達をからかったのがつい昨日のことの
 ように感じられた。



 カツッ……。即座に私は物音に反応し視線を向ける。そこには、同じクラスの男子生徒が
 私に声をかけようとしたのだろう、突っ立っていた。
「な……七瀬…」
 その声で私は、はっと我に帰る。私はよほど鋭い視線を投げ掛けていたようだ。
 彼の目には怯えの光があった。……いけない。最近の私はどんな小さな物音にも過敏に反応してしまう。
「何よ……」
 私はあわてて表情を取り繕った。
「いや、今日これからどうするのかなって思って」
「へっ…?!」
 私はすっとんきょうな声をあげてしまう。
「あ、いや、その……なんだ、みんなで飯でも食いに行かないか?」
 そう言い彼が目をやった方向には、クラスメイトの男女が数人かたまっていた。
 彼等は興味津々といった表情でこちらをみている。
「それにさ…、最近、髪切ってからの七瀬ってなんだか元気がないぜ。
 俺ちょっと心配でさ……。悩みとかあるんだったら、俺でよければ相談にのるぜ」
 私ははっとなって彼の顔を見た。彼の表情は真剣そのもの、からかいとかいった
 ものは微塵もない、本当に真剣そのものだった。……そっか、でも
「悪いけど、私これからちょっとデートなのよね」
「えっ!?」
「また今度ね。それじゃっ!」
 私はそう言って鞄をつかみ、教室から走りでる。そして昇降口へとむかった。
 背後からは「残念〜」だの「俺がなぐさめてやるよ」だのいったクラスメイトの
 声が聞こえてきた。



 噴水のある公園。私がこの街で一番好きな場所。そこがいつもの待ち合わせ場所だった。
 ややきつめの日差しの中、ベンチに腰かけて待つ。約束の時刻はとうの昔に
 過ぎていた。でもそれもいつものことではある。
「……それにしても遅いわね。たくっ、また道に迷っぐはぁっ!!」
 なにか塊が私の首を後方から締め付けた、もとい、まとわりついた。
「繭!!あんたねぇ、いきなりまとわりつくのはやめなさいって言ってるでしょ!」
「みゅ〜」
 はぁっ…、思わずため息がもれる。そしておかしさもこみ上げて来た。
 思えば思う程おかしな話だった。どんな些細な物音にも過敏に反応してしまう最近の私が、
 繭の接近には全くといっていいほど気づかない。……でもそれは当然なのかもしれない。
 私は知っているのだ。あそこを共に生き抜いた繭は、私にとってこの世界で安心できる、
 つまり危険で無いと判断でき、そして信頼できる数少ない存在のうちの一つである事を。
 浩平や瑞佳達と同様にあそこを生き抜いた仲間。警戒なんてする必要がない。
 だから近付かれても気が付かないのだろう。
「みゅっ」
 いつの間にか隣にきていた繭が、なにやら紙切れを差し出す。手紙だった。
「どうするの?」
「私は遠慮しておくわ」
「みゅ〜……、だったら私もいかない」
 そういって繭はベンチに腰かけ、私に体を預けた。数秒後、彼女はすやすやと寝息を
 たてていた。


 なにも変わらなかった。そういっていいだろう。私達は街に戻り、それぞれの
 家に帰った。そこにはいつも通り親がいて、無断で家を留守にした事について
 私はこっぴどく怒られた。嬉しかった。当り前の事だけど、その事実、私を叱ってくれる
 親の存在とか、変わりのない我が家とか、それはとても嬉しい事だった。
 多分それは茜や氷上、そして住井の奴等も同じだろう。


 次の日、当り前のように学校にいった。学校に行ける、そのことが、そんな当り前の
 事がひどく嬉しかった。……でも、それだけだった。授業がはじまり、私は教室を
 ひと眺めする。空席が6つ。そういえば朝のホームルームで担任の鬚が言っていたっけ。
「今日の欠席は折原、里村、住井、長森、氷上、広瀬の6人か。まだまだ風邪が流行って
いるようだな。夏風邪はこじらすと長くなるからみんなも気をつけろよ」
 ……そうね、あいつ等、日頃鍛えてないからこんな時に私と差が出るのよ。

 そして当り前のように、何事もなかったかのように時間が過ぎていった。



 数日すると、学校に行ける嬉しさも感じなくなってた。以前と同じ、ただなんとなく
 学校へ行く。以前と違う事はただ一つ、学校でつるむやつがいなくなったことだった。
 でも別に孤立したわけではなく、クラスメイトとは普通にあたりさわりのないやりとりはする。
 まっ、あいつらが来ればまたそれなりに騒々しくて、それでいて楽しい毎日になるだろう。
 ただそれだけ、それだけのことだった。



 いや、ひとつだけ変わった事がある。それは学校の帰り、こうやってこの公園で
 繭と会う事。会ってなにをするでもない。ただいつも、噴水の前のベンチに座り、
 少し暑めの日差しの中、二人で寄り添ってまどろんでいた。繭はまどろむというよりは
 熟睡していた。……夜、あまり眠れていないからかもしれない。そう思うのは、
 私も最近家で熟睡出来たのは一度もなかったからだ。いつも悪い夢をみてしまっていた。
 ……何故だろう?


 気が付くと、時刻は逢魔が時だった。
「繭、そろそろ帰ろっか」
「……みゅ〜…。お母さん、今日お仕事…」
「あ、そうか。じゃ、家に帰る前にどっかでご飯食べてこ」
「……てりやきば〜が〜」
「あんたねぇ、前回も前々回も、そのまた前もそれだったでしょ」
「じゃあ、はんば〜が〜」
「変わってない!!」
 とかいいつつ、今日もファーストフードになるんだろうなぁ。しかしこれじゃ
 私達、栄養失調で折原達みたく家でぶっ倒れている日も遠くないわね。そう思った時、
 私の頭の中に一つのアイデアがひらめいた。
「繭、今日は別のとこいくわよ」
「う〜、てりやきば〜が〜」
「あんたねえ、たまには私につきあいなさいって」
「う〜…」
 口では不満そうだったが、繭は嬉しそうに私の手を握って着いて来た。



「どう、いけるでしょ。…あっ、あんたにはちょっとニンニクきつかったかな?」
「ううん、おいしい……、とぉっても」
 ラーメンとハンバーガーのどちらが栄養価が高いのか、少し疑問ではあったが深くは
 考えない事にする。まあ、同じ物を連日食べるよりははるかにましであろう。
「まっ、当然ね。ここはあの折原もいち押しの店なんだから」
 初めてこのラーメン屋へ来たのは、12月も終わり頃、冬休みに入るか入らないかの時期だったと思う。
 その時私は、なんというか全然勘違いをしていて、激怒したんだっけ。
 なんて乙女たる私に似合わない食物、でも一口食べて極上の逸品であるというのは分かった。
 それから、折原達みんなと何回かここへ来ていた。

「はぁっ、次はまたみんなで来たいわね」


 繭が小首を傾げて訝しげにこちらをみていた。
「どうしたのよ。麺がのびちゃうじゃない。はやく食べなさい」
「……」
 繭はなにかしきりにこちらを気にしながら食べている。どうしたんだろう。
 折原と喧嘩でもしたんだろうか?……私は話題を少し変える事にした。
「はぁ、まったく……。瑞佳や茜達も、はやく学校に出てくればいいのに。
 まだぶっ倒れているなんてなんて体力のない……」
 ……今度は、繭は私の目をしっかりと見据えていた。そして彼女は言った。
「そうだね……」


 繭は静かにどんぶりの淵に持っていた箸を置く。そして、両手を胸の前で静かに組んだ。
「……あんた、なにやってんの?」
「お祈り…」
 そういって繭は私をみつめていた瞳を静かに閉じた。



 ぶわっ………。外気とラーメンの熱さのためか、一瞬周囲に陽炎がたち空間が揺らいだ。
「なに辛気くさいことしてんのよ。縁起でもない。知合いに誰か亡くなった人でもいるの?」
「お母さんが言っていた…。神様にお礼を言いたい時や死んだ人に敬意を示す時はこうするんだって」
「そっか……元気出しなさいよ。って、知り合いが死んじゃうのは確かに悲しくてきついわね。でもね、繭。
 死んでしまった人の事をいつまでも悲しんでばかりいたら、それはそれで亡くなった人も私達を見て
 悲しむと思うわ。それにね、死んだ人は生きている人の中で、生き続けているのよ。
 そうよ……、だから本当は死んでなんていなくて……」
 ちらり。繭は上目遣いにこちらの方を見る。
「……私はただお祈りをしていただけなのに、七瀬さんはやけに死にこだわるんだね」
 そうして繭は、悲しいくらいしっかりとした口調で答えた。
「でも……確かに死んでいる人、いるよ。そう、死んだのは私と、そして七瀬さんの大切なお友達」



 気付くと、私の箸を持つ手がかたかたと小刻みに震えていた。
「へ、へんなこと言わないで頂戴。折原も、瑞佳、茜も氷上も住井も広瀬も誰も
 死んでいるわけないじゃない」
「……ねえ、どうして私が祈り始めた時、縁起でもないっていったの?お祈りって縁起悪い物
 なんかじゃないはずだよ」
「あれはねぇ……って、そんなことどうでもいいじゃない!」
「どうして即座に、『知り合いに死んだ人でもいるの』って聞いたの? 私はただお祈りしていた
 だけなのに」
「それは………」
「それにどうにて今その人達、6人の名前を出したの?どうしてすぐに七瀬さんにとって大切なその6人の
 お友達の名前がでたの? どうして死という言葉を否定する形であなたの大切な彼等の名前を出したの?」
 ……なんでだろう。何故私は縁起でもないって感じたんだろう。何故即座にこの6人の
 名前がでてきたんだろう。私は答える事ができなかった。
「そっ、そんな事は気にしなくてもいいのよ!第一、あの島のことなんて誰もなにもいっていないじゃない!
テレビも新聞もラジオも週刊誌も先生も友達もお母さんもお父さんも誰もなんにもあの島のことなんて
 いってない!!だからなにもなかったし、誰も死んでなんていないのよ、そうよなにもなかった…」
 繭が何を言っているのか分からなかった。そうよ、分からない何も覚えていない
 何も知らないだから誰も死んでいない。それでいいのよ、それで……
「確かにね、誰も何にも言ってないよ……でもね…」
今や私の体の震えは全身に達していた。繭は私をくもりのひとつない目で見つめる。
 彼女はそして言った。
「でも、やっぱし覚えているよね。…私達、七瀬さんも覚えている筈だよ、しっている筈だよ。
 だっていま言っちゃったんだもん。<あの島>って。誰も何にもいってない筈なのに、私もいま
 島の事は何も言わなかったのに。七瀬さん言っちゃったよ。あの島って」
「あ……」
「ねえ、あの島ってなあに? 本当に何もなかったのなら、どうして私と七瀬さんは
 知っているの? あの島のことを。どうして?」



 もしかしたら、走馬灯をみたって時の感覚はこんな感じなのかもしれない。
 私の頭の中で、あの島での出来事が、あの島で体験した事が一気にうつしだされた。
 そして、ある場面でそれは止まった。その場面は、私が日常に戻ってからは
 一度も思い出せなかった、否、思い出さなかったその理由。


――「ね…?だいじょぶ、だよ、ね?」
――「瑞佳が大丈夫なら、大丈夫、だよ…」
――「そうだぞ、コイツには無理に決まってるだろ、このばか」
――「ええ、ずるいよ、そん、なの」


――「お前は生き残ってくれよ……七瀬」
――「折原……折原ぁ」
――「いいか……漢と漢の約束だぜ」


「あっ…………」
 思い出した。そう、やっと思い出した……。そして分かった。私は全てを、なにもかもを
 なかった事にしようとしていた事を。私はあの島での出来事を、どこか遠い世界での
 出来事としようとしていた。現実ではなく、自分とは関係ない、まるでテレビの中の戦争、
 もしくは長編物の映画の撮影だと考えるようにしようとしていたんだなって。ねえみんな、
 もう撮影は終ったんだよ、もう死んだふりをしなくたっていいんだよだから……どうして
 みんな学校にでてこないの? ……そっか、はりきりすぎてみんなへばっちゃったのね。
 しょうがないわね。私がノートとっといたげるからはやく学校にくるのよ。
 ……私はそう考えるようにしていたんだ。みんなの死を、現実をただひたすら
 否定しようとしていたのだった。



 涼しげな空気が店の中に入ってきて、そして私の意識がはっきりとした。
「そっか……、でもやっぱしみんな、死んじゃったんだよね、本当は……はぁ………」
 ラーメンの湯気のせいだろう。私の視界が悪くなる。その時、なにかが私の
 両の頬に触れた。前を見ると、繭が机のむこうから両の手を精いっぱいのばして
 私の頬を包んでくれていた。
「みゅ〜……」
「あっ……」
 こくりと繭が頷く。

 そして、私は、あの島から戻って来てから、初めて……



 泣いた





「みゅ〜、早く早く〜」
「あああぁ、一生の不覚だわ。あんたに起こされるなんて」
私はもう一度荷物を確かめた。幸い昨晩のうちにあらかた用意はしていたので
チェックは一瞬のうちに終る。
「みゅ〜、電車に間に合わない〜」
「うっさいわね。ダッシュすればなんとか間に合うわよ!」
「うー……てりやきば〜が〜」
「くっ……ああ分かったわよ。後で好きなだけおごったげるから」
あの日、繭が持って来ていた手紙(それはもちろん私の家にも来ていた)、
それはあの島での戦友からのものだった。

「みんなのお通夜をしましょう」

そこには簡潔にその一文と場所を示した地図、そして現地までの切符が入っていた。


 みんなの死、そして島での出来事そのものを否定していた私は当初行く気は
 全くなかったが、今は違う。
「やっぱ、現実ってやつは受け入れないとね。それにしても…」
 私はふと思った。そういえば、ラーメン屋でのあの一瞬、繭は妙に饒舌だったような気がする。
 そう、まるで島で性格反転茸を食べた時みたいに。いや、そもそもあの時
 私は本当に繭と会話していたのだろうか?……もしかしたら
「みゅ〜、時間時間!!」
 ……でも、そんなことはどうでもいいことかもしれない。なんであれ、こうして私は
 やっと現実に向かい合うことが出来た。重要なのはそのことである筈だ。それに、
「案外あんたの正体ってすっごいやつで正解なのかもね」
 最後にもう一度服装を整え、私はバックをもって部屋から飛びだす。
「それにしても、気付くきっかけがあんたとはね。私もやきがまわったもんだわ」
 そして玄関で繭と合流。
「ありがとね、繭!」
「みゅっ?」

 夏の強い日差しの中、こうして二人の女性が駆け抜けて行った。


「さっ、いくわよっ!!」

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